社会 Archive

  •  東日本入国管理センターに収容されていた男性は、収容されていた2年間を「どん底よりも底」と振り返る。茨城県JR牛久駅からバスで25分、林道を進んだところにある東日本入国管理センターは、全国に3つある入国管理収容施設の中で、収容人数が最も多い収容施設だ。その施設内での生活に、被収容者は心身のストレスを抱えている。今年3月には、被収容者2名が相次いで死亡した。東京弁護士会は、2名の被収容者が適切な医療措置を受けられずに死亡したとして、同センターに対し、第三者機関による検証と再発防止を求めている。
=写真は茨城県牛久市久野町にある法務省東日本入国管理センター。

    「どん底よりも底」 ― 届かない収容外国人の声  東日本入国管理センター

     東日本入国管理センターに収容されていた男性は、収容されていた2年間を「どん底よりも底」と振り返る。茨城県JR牛久駅からバスで25分、林道を進んだところにある東日本入国管理センターは、全国に3つある入国管理収容施設の中で、収容人数が最も多い収容施設だ。その施設内での生活に、被収容者は心身のストレスを抱えている。今年3月には、被収容者2名が相次いで死亡した。東京弁護士会は、2名の被収容者が適切な医療措置を受けられずに死亡したとして、同センターに対し、第三者機関による検証と再発防止を求めている。 =写真は茨城県牛久市久野町にある法務省東日本入国管理センター。

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  •  福島第一・第二原発の事故で漏れ出た放射線をめぐり様々な解釈があるなか、子どもに指導する立場として放射線をどうとらえ教えていくのか。教育現場の教師たちは事故直後から今にわたり模索し続けている。醸芳中学校は、2013年6月に福島県教育委員会から放射線教育の実践推進校として指定され、同年11月に県内の教員を対象とした公開授業を初めて行った。先生方に放射線のリスクを生徒にどう伝えているのかお話を伺った。(写真は公開授業の様子を紹介する日下部教諭)

    「子どもたちの放射線への関心が薄らいでいる」 風化を防げ 福島県・醸芳中学校 教諭日下部準一さんらに聞く

     福島第一・第二原発の事故で漏れ出た放射線をめぐり様々な解釈があるなか、子どもに指導する立場として放射線をどうとらえ教えていくのか。教育現場の教師たちは事故直後から今にわたり模索し続けている。醸芳中学校は、2013年6月に福島県教育委員会から放射線教育の実践推進校として指定され、同年11月に県内の教員を対象とした公開授業を初めて行った。先生方に放射線のリスクを生徒にどう伝えているのかお話を伺った。(写真は公開授業の様子を紹介する日下部教諭)

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  •  2014年4月1日、岡山県の改正迷惑防止条例施行をもって、全国47都道府県すべてで男性に対する痴漢行為を女性と同様に取り締まることができるようになる。1999年まで、迷惑防止条例では女性に対する痴漢しか罰することができず、男性被害者は保護対象外だった。しかし、鹿児島県が男性被害者も対象とする条例施行に踏み切ったことを皮切りに、15年かけて、条例の対象は全国で「婦女」から「人」に拡大した。

    男性も痴漢から保護対象に この春、全都道府県で改正条例施行

     2014年4月1日、岡山県の改正迷惑防止条例施行をもって、全国47都道府県すべてで男性に対する痴漢行為を女性と同様に取り締まることができるようになる。1999年まで、迷惑防止条例では女性に対する痴漢しか罰することができず、男性被害者は保護対象外だった。しかし、鹿児島県が男性被害者も対象とする条例施行に踏み切ったことを皮切りに、15年かけて、条例の対象は全国で「婦女」から「人」に拡大した。

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  •  「実はこの前、電車で痴漢に遭ったんだ。男なのに痴漢に遭うなんて、どっか変なのかな……」。2012年の春、友人は重い口を開いた。彼は女性と間違われるような髪型も服装もしていない。今も時々、満員電車に乗るとあのときの怖さを思い出す、と言う。男性が痴漢被害に遭い、誰にも話せずトラウマを抱えるケースがある。「赤ん坊から成人男性まで、どんなタイプの人も性暴力にさらされうる」と、男性サバイバー(性被害者)自助グループの男性は警戒を呼び掛ける。

    男性がターゲット 表面化しにくい痴漢被害の実態

     「実はこの前、電車で痴漢に遭ったんだ。男なのに痴漢に遭うなんて、どっか変なのかな……」。2012年の春、友人は重い口を開いた。彼は女性と間違われるような髪型も服装もしていない。今も時々、満員電車に乗るとあのときの怖さを思い出す、と言う。男性が痴漢被害に遭い、誰にも話せずトラウマを抱えるケースがある。「赤ん坊から成人男性まで、どんなタイプの人も性暴力にさらされうる」と、男性サバイバー(性被害者)自助グループの男性は警戒を呼び掛ける。

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  •  福島原発事故が発生してから三年が経つ。放射線リスクに関する報道は未だに重要である。『福島民報』は地元メディアとして、この三年どのようにリスクコミュニケーションを行ってきたのか。実際の報道の難しさ、県民からの反響及び今後の展開について、福島民報の編集局次長兼社会部長の早川正也さんにお話を伺った。

    放射線リスクの自己判断ができるような環境を整える―—福島民報 編集局次長 早川正也さんに聞く

     福島原発事故が発生してから三年が経つ。放射線リスクに関する報道は未だに重要である。『福島民報』は地元メディアとして、この三年どのようにリスクコミュニケーションを行ってきたのか。実際の報道の難しさ、県民からの反響及び今後の展開について、福島民報の編集局次長兼社会部長の早川正也さんにお話を伺った。

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  •  1960年代に「連続殺害事件」を引き起こし、死刑を執行された「永山則夫」には、封印されていた精神鑑定記録があった。その精神鑑定記録を公開したNHK ETV『永山則夫100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~』(取材班代表、増田秀樹NHK大型企画開発センターチーフ・プロデューサー)が第13回早稲田ジャーナリズム大賞文化貢献部門大賞を受賞した。この企画立案と番組制作をディレクターとして担当し、後に著作『永山則夫 封印されていた鑑定記録』(2013 岩波書店)を出版したフリージャーナリストの堀川惠子さんにお話を伺った。

    「今につながる家族の問題」 第13回早稲田ジャーナリズム大賞NHK ETV『永山則夫100時間の告白』堀川惠子ディレクターに聞く

     1960年代に「連続殺害事件」を引き起こし、死刑を執行された「永山則夫」には、封印されていた精神鑑定記録があった。その精神鑑定記録を公開したNHK ETV『永山則夫100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~』(取材班代表、増田秀樹NHK大型企画開発センターチーフ・プロデューサー)が第13回早稲田ジャーナリズム大賞文化貢献部門大賞を受賞した。この企画立案と番組制作をディレクターとして担当し、後に著作『永山則夫 封印されていた鑑定記録』(2013 岩波書店)を出版したフリージャーナリストの堀川惠子さんにお話を伺った。

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  •  福島第一原発事故当時、東京電力社内では初期対応のテレビ会議が録画されていた。国民や世界を震撼させた事故を検証するのに不可欠な一次資料の公開を目指し、朝日新聞社の木村英昭記者と宮﨑知己さんは報道を続けた。結果的に映像の公開につながった一連の新聞報道(2012年6月28日から継続中)に、10月2日、第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞「公共奉仕部門」の奨励賞が贈られた。代表して木村さんにキャンペーン報道の動機や意義についてお話を伺った。

    「報道の力で奪い返す」第13回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞・連載「東京電力テレビ会議記録の公開キャンペーン報道」木村英昭記者に聞く

     福島第一原発事故当時、東京電力社内では初期対応のテレビ会議が録画されていた。国民や世界を震撼させた事故を検証するのに不可欠な一次資料の公開を目指し、朝日新聞社の木村英昭記者と宮﨑知己さんは報道を続けた。結果的に映像の公開につながった一連の新聞報道(2012年6月28日から継続中)に、10月2日、第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞「公共奉仕部門」の奨励賞が贈られた。代表して木村さんにキャンペーン報道の動機や意義についてお話を伺った。

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  •  「石巻工房」は、東日本大震災後の2011年6月に宮城県石巻市に設立された。被災地におけるものづくりの場として注目され、「ヤフー石巻復興ベース」の協力を得て広く外に情報発信をしている。石巻工房長を務める元寿司職人の千葉隆博さんにお話をうかがった。

    「ものを作るスキルがあれば生きていける」 石巻工房の千葉隆博さん

     「石巻工房」は、東日本大震災後の2011年6月に宮城県石巻市に設立された。被災地におけるものづくりの場として注目され、「ヤフー石巻復興ベース」の協力を得て広く外に情報発信をしている。石巻工房長を務める元寿司職人の千葉隆博さんにお話をうかがった。

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  •  2012年7月末、三陸河北新報社(宮城県石巻市)のビル1階に「ヤフー石巻復興ベース」がオープンした。ネットメディアであるヤフーが被災地支援の取り組みとして展開したもので、地域内外の人や団体に対して広く開放し、継続的な支援や新サービスの構築・事業化を目指している。ネットメディアの新しい試みに自ら手を挙げて参加した石巻出身の石森洋史さんに取材した。

    ウェブでつなぐ被災地復興 ヤフー石巻復興ベースの石森洋史さんに聞く

     2012年7月末、三陸河北新報社(宮城県石巻市)のビル1階に「ヤフー石巻復興ベース」がオープンした。ネットメディアであるヤフーが被災地支援の取り組みとして展開したもので、地域内外の人や団体に対して広く開放し、継続的な支援や新サービスの構築・事業化を目指している。ネットメディアの新しい試みに自ら手を挙げて参加した石巻出身の石森洋史さんに取材した。

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  •  石巻のコミュニティFM「ラジオ石巻」のアナウンサー高橋幸枝さんは、震災当日、自分の子供たちの安否を心配ながら、被 災者が求める地震・津波情報や安否情報をスタジオから生放送で伝え続けました。15年のアナウンサー歴を持つ高橋さんに当時のお話をうかがいました。

    「泣きながら放送しました」   ラジオ石巻 アナウンサー 高橋幸枝さん インタビュー
    使命感と家族への思いで葛藤

     石巻のコミュニティFM「ラジオ石巻」のアナウンサー高橋幸枝さんは、震災当日、自分の子供たちの安否を心配ながら、被 災者が求める地震・津波情報や安否情報をスタジオから生放送で伝え続けました。15年のアナウンサー歴を持つ高橋さんに当時のお話をうかがいました。

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  •  東日本大震災による大津波で、甚大な被害を被った宮城県石巻市。電気、水道、通信とライフラインが途絶える中、地元の人が一番欲しい情報を発信し、人と人をつないだのは地元のコミュニティ放送「ラジオ石巻」だった。震災当時の放送運営に携わっていた鈴木孝也(すずき こうや)さんに、地元ラジオの強みについて振り返ってもらった。

    震災時、いちはやく地元情報を発信   ラジオ石巻 取締役相談役 鈴木孝也さんに聞く

     東日本大震災による大津波で、甚大な被害を被った宮城県石巻市。電気、水道、通信とライフラインが途絶える中、地元の人が一番欲しい情報を発信し、人と人をつないだのは地元のコミュニティ放送「ラジオ石巻」だった。震災当時の放送運営に携わっていた鈴木孝也(すずき こうや)さんに、地元ラジオの強みについて振り返ってもらった。

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  •  宮城県石巻市の地域紙である石巻日日新聞は、3.11東日本大震災で停電と津波の被害に遭い、輪転機は水没した。新聞発行が危機を迎えたとき、編集部員は手書きで記事を書き、壁新聞という形で被災者に伝え続けた。国内外から称賛された壁新聞発行の経緯や被災地メディアの現状とこれからについて、武内宏之さん(55)にお話をうかがった。

    戦時中の伝説が生んだ壁新聞   「石巻日日新聞」常務取締役 武内宏之さんに聞く
    「地域に住む者として何かしたかった」

     宮城県石巻市の地域紙である石巻日日新聞は、3.11東日本大震災で停電と津波の被害に遭い、輪転機は水没した。新聞発行が危機を迎えたとき、編集部員は手書きで記事を書き、壁新聞という形で被災者に伝え続けた。国内外から称賛された壁新聞発行の経緯や被災地メディアの現状とこれからについて、武内宏之さん(55)にお話をうかがった。

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  •  北海道に根差した取材をつづけるフリーランスのノンフィクション・ライター、渡辺一史さん。広大な土地をつなぐ鉄道の無人駅を巡り、そこに住む人々の生き方を『北の無人駅から』(2011年、北海道新聞社)に表した。2012年10月4日、第12回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の受賞作品の選考結果が発表され、同書が地域の共生に根差した作品に贈られる「草の根民主主義部門」大賞を受賞することが決まった。渡辺さんに、ノンフィクションとして地方と人々を描くことについて、お話をうかがった。

    「裏切られなければ、取材が足りない」  第12回早稲田ジャーナリズム大賞 『北の無人駅から』著者 渡辺一史さんに聞く

     北海道に根差した取材をつづけるフリーランスのノンフィクション・ライター、渡辺一史さん。広大な土地をつなぐ鉄道の無人駅を巡り、そこに住む人々の生き方を『北の無人駅から』(2011年、北海道新聞社)に表した。2012年10月4日、第12回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の受賞作品の選考結果が発表され、同書が地域の共生に根差した作品に贈られる「草の根民主主義部門」大賞を受賞することが決まった。渡辺さんに、ノンフィクションとして地方と人々を描くことについて、お話をうかがった。

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  •  宮城県石巻市の地域紙『石巻かほく』を発行する三陸河北新報社の佐藤紀生さん=編集局編集部次長=は3.11の震災当日、取材先の女川町で被災した。その後、連載企画「私の3.11」=第12回早稲田ジャーナリズム大賞受賞=の取材などにかかわった佐藤さんは、インタビューに対し、被災者取材における葛藤を率直に語ってくれた。
=写真はジャーナリズムコースの学生のインタビューに答える佐藤紀生さん(写真右)

    「私たちは逃げも隠れもできない」 三陸河北新報社編集局 佐藤紀生さん インタビュー

     宮城県石巻市の地域紙『石巻かほく』を発行する三陸河北新報社の佐藤紀生さん=編集局編集部次長=は3.11の震災当日、取材先の女川町で被災した。その後、連載企画「私の3.11」=第12回早稲田ジャーナリズム大賞受賞=の取材などにかかわった佐藤さんは、インタビューに対し、被災者取材における葛藤を率直に語ってくれた。 =写真はジャーナリズムコースの学生のインタビューに答える佐藤紀生さん(写真右)

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  •   広く社会文化と公共の利益に貢献したジャーナリストに贈られる第12回(2012年度)「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」で、三陸河北新報社『石巻かほく』の連載企画「私の3.11」が草の根民主主義部門の奨励賞を受賞した。同社代表である桂直之さんに、被災時の新聞発行の悩みや手応え、「私の3.11」を企画した経緯やこれからの紙面づくりなどについてお話をうかがった。

    「石巻の津波の記憶、外に伝えたい」 第12回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞 三陸河北新報社常務 桂直之さんインタビュー 

     広く社会文化と公共の利益に貢献したジャーナリストに贈られる第12回(2012年度)「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」で、三陸河北新報社『石巻かほく』の連載企画「私の3.11」が草の根民主主義部門の奨励賞を受賞した。同社代表である桂直之さんに、被災時の新聞発行の悩みや手応え、「私の3.11」を企画した経緯やこれからの紙面づくりなどについてお話をうかがった。

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  •  未成熟なまま果実を落とし、商品価値を無くしてしまうプラムポックスウイルス(PPV)に感染したウメが、東京都青梅市で多く見つかっている。市内で2012年度に、1万本あまりが処分される見通しだ。今までに処分した数と合わせると、6万5000本あまりあった青梅市のウメ3分の1が処分される計算になる。3年前に青梅市で初めて感染が確認されて以来、調査を行ってきた結果、地域によっては壊滅的な被害を受ける見通しであることが明らかになった。その地名の由来であり観光資源である青梅市にとっては大きな打撃となっている。
 (写真はプラムポックスウイルスに感染した南高梅の葉。原島さんのウメ畑で)

    プラムポックスウイルスに揺れる「梅の里」

     未成熟なまま果実を落とし、商品価値を無くしてしまうプラムポックスウイルス(PPV)に感染したウメが、東京都青梅市で多く見つかっている。市内で2012年度に、1万本あまりが処分される見通しだ。今までに処分した数と合わせると、6万5000本あまりあった青梅市のウメ3分の1が処分される計算になる。3年前に青梅市で初めて感染が確認されて以来、調査を行ってきた結果、地域によっては壊滅的な被害を受ける見通しであることが明らかになった。その地名の由来であり観光資源である青梅市にとっては大きな打撃となっている。  (写真はプラムポックスウイルスに感染した南高梅の葉。原島さんのウメ畑で)

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  •   キャッキャッと子供たちの笑い声が上がり、一緒に遊ぶスタッフが優しい笑顔を見せた。ここは埼玉県川越市にある児童養護施設、「埼玉育児院」だ。児童養護施設には、両親の離婚や死亡、行方不明など、様々な理由から家族と暮らせなくなった子供たちが預けられている。養育拒否や児童虐待も少なくなく、多くの子は心に傷を抱えている。

    児童養護施設の子供たちに心のケアを

    キャッキャッと子供たちの笑い声が上がり、一緒に遊ぶスタッフが優しい笑顔を見せた。ここは埼玉県川越市にある児童養護施設、「埼玉育児院」だ。児童養護施設には、両親の離婚や死亡、行方不明など、様々な理由から家族と暮らせなくなった子供たちが預けられている。養育拒否や児童虐待も少なくなく、多くの子は心に傷を抱えている。

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  •   1980年代、中国からの日本への留学ブームが起きたころ、一人の若者が内モンゴルから東京へやってきた。彼は亜細亜大学大学院の修士課程で学び、NHKの中国関係ドキュメンタリー制作チームのアルバイト・スタッフとなった。以来、現在まで、彼は独自の視点で数多くの中国関係映像作品を作ってきた。留学生からベテランのドキュメンタリー・プロデュサーまでの道のりはどんなものだったのか。そして彼自身のこだわりとは。映像制作プロダクション会社の泰山コミュニケーションズ代表・張景生さんに会った。

    母国の姿を隠さず、誇張せず
    映像制作プロダクション会社代表・張景生さん

    1980年代、中国からの日本への留学ブームが起きたころ、一人の若者が内モンゴルから東京へやってきた。彼は亜細亜大学大学院の修士課程で学び、NHKの中国関係ドキュメンタリー制作チームのアルバイト・スタッフとなった。以来、現在まで、彼は独自の視点で数多くの中国関係映像作品を作ってきた。留学生からベテランのドキュメンタリー・プロデュサーまでの道のりはどんなものだったのか。そして彼自身のこだわりとは。映像制作プロダクション会社の泰山コミュニケーションズ代表・張景生さんに会った。

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  •   東京都に住む田中健介さん(23)は、「ヒラオ・コジョー・ザ・グループサウンズ」のギタリストとして活動するかたわら、3月11日の東日本大震災の直後から被災地でのボランティア活動を続けている。「被災地で感じた想いを、音楽を通して東京の人に伝えていきたい」と語る田中さん。音楽家として、一人の若者として、彼はこの大震災をどうとらえたのか。そして音楽は、復興の力となるのだろうか。

    若者ミュージシャンが見た3.11

    東京都に住む田中健介さん(23)は、「ヒラオ・コジョー・ザ・グループサウンズ」のギタリストとして活動するかたわら、3月11日の東日本大震災の直後から被災地でのボランティア活動を続けている。「被災地で感じた想いを、音楽を通して東京の人に伝えていきたい」と語る田中さん。音楽家として、一人の若者として、彼はこの大震災をどうとらえたのか。そして音楽は、復興の力となるのだろうか。

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  • 世界で初めて遺品整理サービスを開拓した吉田太一さん(46)。故人の住まいに残された遺品は、その人が「生きてきた証」だ。親族だけでは対処しきれない、膨大な遺品の整理を通して、「死」の区切りをつける。

    「自立」して生きる ~遺品整理の現場から〜

    世界で初めて遺品整理サービスを開拓した吉田太一さん(46)。故人の住まいに残された遺品は、その人が「生きてきた証」だ。親族だけでは対処しきれない、膨大な遺品の整理を通して、「死」の区切りをつける。

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