チョウさん オンラインインタビュー写真

「まだ卒業書類も受け取れていない」コロナが阻んだ日本留学 

一度も入国できずに卒業した趙聖埼(チョウセイキ)さんが語る思い

 今年3月から日本の水際対策が緩和され、留学生の受け入れが再開したが、2020年から続いた規制は留学生に深刻な影響を与えた。中国・天津出身の趙聖埼さん(26)も影響を受けた一人だ。今年3月に早稲田大学大学院を卒業した趙さんは在学中の2年間、一度もキャンパスを訪れることができず、いまだに卒業証書も受け取れていない。感染拡大から2年が経過して政策への検証が求められる今、大学院生活と感染症政策への思いを聞いた。
(トップ写真:オンラインインタビューに応じる趙さん)

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目次

 

  • 叶わなかった早稲田への通学

     

 

    • 当時の状況を振り返って

       

 

  • 受け取れない卒業証書と感染症政策への思い

     

 趙さんは母親の勧めで受験した外国語学校に合格したことを機に日本語を学び始めた。その後は、高校1年で日本語能力試験の最高難度N1に合格し、大学受験期では早稲田大学への留学も望んだ。しかし、東日本大震災の影響を懸念した両親の反対もあって、中国国内の大学に進学した。

 そして大学での経験を通じ、次第にメディアでの情報発信を目指し始めた。1年では、写真や文章で学生に情報を発信する「大学記者団」の活動を通じ、記事を書いて伝えることの面白さを感じた。2年では春休みにインドを訪れ、中国国内の否定的な印象とは違い、実際には「景色も美しく、人々も親しいと初めて知った」。この時メディアによって受ける印象の影響を実感し、「メディアを通じて、正しい価値観を伝えたい」と思うようになった。

 そこで大学院で学びを深めたいと考えたが、中国の大学ではメディア関連分野は国家の統制が強いため、日本への留学を目指した。ドキュメンタリー制作に関心があった趙さんは、卒業作品を制作できる早稲田大学大学院ジャーナリズムコースを志願し、見事合格した。

 

叶わなかった早稲田への通学

 趙さんは高校時代に早稲田大学を目指したこともあり、大学3年の交換留学で来日した際に早稲田のキャンパスを散策したことがあるという。その時大学で活動する学生を見て、「私も入ったら面白い生活が送れるのかな」と感じた。しかし、合格後もキャンパスでの面白い生活が実現することはなかった。

 コロナウイルスが拡大し始めた2020年初頭、1918年のスペイン風邪の流行を知った趙さんは「大学院に在籍する2年間ぐらいは続き、入国は難しい」と悟る。案の定、日本の入国規制・中国の渡航規制が半年前後で交互に実施され入国は不可能となった。大学院2年の後期には政策上の規制は無くなったが、今度は卒業作品作りには中国での活動が必要だったため出国を断念し、卒業を迎えた。卒業後の今も早稲田を訪れることができていない。

 

当時の状況を振り返って

 2020年の授業はオンライン中心で行われた。また、幸いにも日本語文献は北京の国家図書館で閲覧出来たため、学習環境は整えられた。ただ苦労が無かったわけではない。その一つが勉強時の孤独感だ。

 「課題が多い授業などは1人で取り組むのは本当に寂しいと思った」と語る趙さん。そのため、ゼミの3、4人でビデオ通話を用いて、互いの顔を見ながら課題に取り組むようにした。この時励みになったのは、「隣には友達がいるという感覚」だったという。ただ、あくまでも「皆ネットを通じた友達」なので、どうしても交流の機会は少なかった。また、覚悟はしていたものの、実際に学期が終わっても入国できない時には卒業作品への影響など、不安が強まったという。

 そういった考えを巡らせていく中で、一人で勉強することへの寂しさを改めて感じ、「北京でインターン生として入社する方が面白いかな」と思った。そして、現在勤める動画共有サービスなどを手がけるIT企業に出会い、北京に引っ越して大学とインターンという忙しい毎日を送り始めた。また、インターン先には趙さんと同様に留学できず、オンライン受講を強いられた学生が複数いた。そこで親交を深めた5人で遊び、勉強会などを開くようになって寂しさは和らいだという。

 趙さんは当時を振り返って次のように語った。「オンラインで受講したからこそ今の会社に所属し、色々な経験を得られている。だが、せっかくの留学のチャンスを活用できなかったということの方が残念だ」。

 

受け取れない卒業証書と感染症政策への思い

 趙さんに卒業証書の受け取りについて聞くと、「まだです」と苦笑いしながら述べた。現在暮らしている北京では今年4月ごろ感染者が拡大し、7月時点でも厳しい制限下にあるという。その規制で国際郵便は利用できず、大学への申請が間に合わず、現在でも卒業書類一式を受け取れていない。

 また、3月から日本でも留学生の受け入れが再開したことを伝えると、「キャンパスや図書館を利用できることは羨ましい」と語った。そして、2年間の生活を踏まえた感染症政策への思いは、「感染拡大期などには入国規制を行っても良いと思うが、流行が落ちつけば制限しない方がいい」と述べた。

 趙さんは欧米にいる友人から、マスクや検査証明などの制限が緩和されている現地の状況を聞くという。しかし中国では地域によって現在も制限が多く、先日も「1週間の国内出張で5度もPCR検査が必要だった」と語る。今も続く、国際的な対応の違いや移動の自由への制限に疑問を呈した。

PCR検査を待つ人々

趙さんの勤務先周辺ではPCR検査を求めて今も多くの人が並ぶ・中国北京市=趙さん提供

 

 

(メモ) 新型コロナウイルスの影響でオンライン受講を強いられた留学生

 

 文部科学省によると、2021年5月時点での外国人留学生数は242,444人で、そのうちの9.1%(21,945人)は入国制限により来日できず、海外でオンライン授業等を受講した学生とされる。

※この記事は2022年春学期「ニューズライティング入門」(朝日新聞提携講座)」(岡田力講師)において作成しました。

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