王国培記者

2013年 日中関係を冷静に読む<1> 東方早報記者 王国培さんに聞く

 日本政府による尖閣諸島(中国名:釣魚島)の購入問題がきっかけとなり、2012年、日中両国の関係は悪化し、冷え込んだ。国交正常化40周年を祝うべき年は、ナショナリズムの荒波に翻弄された印象がある。その後、両国の政権指導者が交代した。2013年を迎え、今後の日中関係をどのように展望できるのか。日本と中国の双方に詳しい日中のジャーナリストに冷静な分析をうかがうことにした。まず、中国人ジャーナリストとして、早稲田大学への留学経験がある上海・東方早報記者、王国培さんに登場してもらった。(注)

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 (注)この取材は、メールでインタビューの質問項目を王国培さんに送り、メールで中国語による回答をもらう形で実施した。その書面回答を取材班の学生が日本語に翻訳し、王さんに日本語表記を確認してもらった。なお、王さんの書面回答にある「釣魚島」は、日本では「尖閣諸島」と表記するため、「釣魚島(尖閣諸島)」と記すことにした。写真は王国培さんの提供による。

親日家でも納得できない日本の「国有化」

――今回の尖閣諸島購入問題について、中国人の持つ日本に対するイメージはご自身にどう映っていますか。

 私は「国有化事件」が最も激しかった2012年秋にはちょうど日本にいたので、多くの日本の方々と交流する機会がありました。日本の方のほとんどは「野田首相(当時)が石原さん(元東京都知事)に追いつめられ、国有化を認めたのは仕方がないことだ。日中関係の悪化を歯止めするためだった」というふうに言われました。その中には、外務省の官僚や学者、国家議員などの声も含まれています。彼らとの友人関係および私個人の日本に対する理解に基づけば、彼らが言ったことは嘘ではありませんでした。野田首相と石原都知事の二人が演じた芝居だとは決して思いませんでした。

 しかし、ほとんどの中国人にとっては、「国有化事件」は、ただただ日本側が企てた芝居であり、決して納得できるわけがないと強く思っています。たとえ芝居ではなかったとしても、日本側の決定を毒液入りの瓶に例えると、日本は、わざと毒性がそれほど強くない瓶を中国に渡したように見えます。問題は、なぜ中国側が毒液を受け取らなければならないのかという点です。私のような親日の者でも今回の日本側の決定は納得できなかったのに、一般の中国人はなおさらです。一言でいえば、日本に詳しい人が野田首相の行政能力の問題だと理解したのに対し、ほとんどの中国人の間では、国有化事件はもっぱら野田首相と石原都知事が演じた芝居であり、日本人は野心家、他国の領土を占領するのは第二次世界大戦(太平洋戦争)からの悪習の延長だ、という意見が多いです。

――逆に、日本人の持つ中国に対するイメージはどうでしょうか。

 日本人にとっては、中国の反日デモ運動が強烈に印象に残っていると思います。そこから生まれた中国のイメージはおそらく、無秩序で乱暴な社会制度、非理性的な人民かな。ただ、日本側の報道をみれば、反日デモの主導者は中国の共産党だという視点も少なくないので、中国の共産党にもマイナスのイメージを持ったと推測できます。

新政権のもとで二つのメリット

――中国では習近平氏の新政権が始まり、日本でも民主党から自民党の安倍政権に交代しました。日中が新しいリーダーを持つ中、今後の日中関係についてどのような期待を抱いていますか。

 中国の習近平体制は発足したばかりです。中国政府所有の航空機が尖閣諸島の領空に接近したという出来事から、習近平は外交問題において硬派だと判断するのはまだ早いと思います。なぜかというと、習近平の党内部における影響力はまだ未知数であり、今回の巡航行動が習氏本人の意思であるかどうかは安易には言えないからです。今後の日中関係については、新政権のもとで二つのメリットがあると思います。一つには、習近平の、改革を推進する方針が本当だとしたら、社会の不満をある程度緩和でき、共産党の執政に対する民衆からの圧力も減らすことができますね。こうなると、共産党は今回のように反日デモ運動を借りて、国内の注目を逸らすことをしなくても大丈夫です。もう一つ、自民党は中国との交流手段を多元的に持っており、かつ外交経験も豊富なので、中国との関係をうまくする能力を持っていると思います。

メディアは政府から距離を置く勇気を

――尖閣諸島を巡る問題について、中国・日本のメディアの姿勢についてどう思いますか。

 中国のメディアにせよ、日本のメディアにせよ、報道姿勢がそれぞれ自国政府の立場と一致することが共通の問題点だと思います。日本のメディアは釣魚島(日本名:尖閣諸島)が日本の固有領土だという立場で報道しています。逆に中国も同じように釣魚島(尖閣諸島)が中国の固有領土という立場で報道しています。領土問題において、政府と違う立場で報道することは難しいものですが、そういうときこそ、客観的事実を語る勇気を持つべきです。つまり、釣魚島(尖閣諸島)は日本にも、中国にも、どちらにも所属していない紛争領土であることを伝えるのです。しかも、この事実を繰り返して中国の国民に伝え続けると、釣魚島(尖閣諸島)問題の解決にも必ず役に立ちます。

 その他、中国メディアのもう一つの欠点といえるのは、一部のメディアがまだ未成熟で、民族主義を煽りやすいということです。それに対して、日本のメディアの欠点は、反日デモ運動に参加する中国人の乱暴さだけが取り上げられ、そうした行動に反対する中国人の姿が報道されなかったということです。中国のメディアはよく日本のメディアから「嘘つき」とか「客観的事実に基づいて報道するべきだ」とか非難されます。確かに指摘されているように、「客観的事実」に基づいて報道するのは当たり前のことですが、それよりもっと重要なのはどのような客観的事実を伝えるのか、という立場にかかわる問題です。例えば、一部の日本メディアはよく中国社会の影の部分を報道する傾向があります。これは事実ですが、メディアに取り上げられた事実は日本人の中国人に対するイメージと大きくかかわっています。そこからバイアスが生じてしまいます。こういう報道自体は問題がないと言えますか。メディアは客観的事実を報道するべきだが、よくバランスを取って各方面の事実を報道すべきだと思います。

――尖閣諸島問題はこれから解決できると思いますか。あるいは、解決するために、両国間でどのような政策が求められるべきだと思いますか。

釣魚島(尖閣諸島)問題の解決は中日共同管理、共同開発にほかならないと思います。そのために、二つのポイントがあります。

「釣魚島(尖閣諸島)は紛争領土」という報道が大切

 一つ目は、両国国民の釣魚島(尖閣諸島)に対する固定的なイメージを転換させることから始めるべきだと思います。ここでメディアの役割がとても重要になります。中国のメディアにせよ、日本のメディアにせよ、これからは「釣魚島(尖閣諸島)は我が国固有の領土」というような報道の代わりに、「釣魚島(尖閣諸島)は紛争領土」というような報道にするべきだと思います。こうやって、両国の国民に「釣魚島(尖閣諸島)は紛争領土だ」と認識させ、釣魚島(尖閣諸島)問題の解決に向けた民意が形成されるわけです。

 二つ目は、日中両国にこだわらず、国際舞台での解決方法を探すべきだと思います。具体的なやり方は、今後の課題とします。

 

――新しい政権の下で、今後昨年9月のような大規模な反日デモを起こる可能性はありますか。もしあるとすれば、日中間における新たな導火線は何だと思いますか。

 前述したように、もし習近平総書記が国内の矛盾に対してうまく取り組むことができれば、反日デモ運動の爆発率も低くなります。導火線となるのは、歴史問題と領土問題、この二つに他ならないですね。特に靖国神社問題や南京大虐殺問題および釣魚島問題(尖閣諸島)は、潜在リスクがまだ高いです。

――これからの日中間の経済や民間交流についてどのような予測ができますか。

今回の釣魚島問題(尖閣諸島)で、日中関係は大きな打撃を受けてしまいました。互いに不信感が生じてしまい、イメージも悪くなったかもしれませんが、時間をかけて修復できると信じています。なぜかというと、互いに必要だという事実は変わらないからです。中国の開放方針の推進につれて、今よりもっと多くの情報が提供され、日本に対しても、もっと客観的に捉えることができるようになります。同時に、中国社会制度の成熟化、国民の素質の向上などの要素も、日本人の中国に対する不安感と中国脅威論の減少に役に立つと思います。日中両国はこれからもっと安定した外交関係を迎えるはずです。

 ジャーナリズムを学ぶ中国人留学生に期待

――ジャーナリズムを勉強している学生、特に日中両国の報道に取り組もうと考える中国人の留学生への一言お願いします。

これまでの現状を見ると、日本に駐在している中国の記者はほぼ国営メディア機関に属しているのに対し、より大きな影響力を持つ市場化メディア機関に属する日本駐在記者、あるいは日本語で取材できる記者の人数はほんのわずかです。中国の国民が読んでいる日本に関する記事は、ほとんど日本に詳しくない記者が書いたものです。中国の国民により客観的に日本のことを伝えるために、中国のメデイアはジャーナリズムを勉強している中国人留学生の力が必要です。もちろん、中国人留学生が、逆に日本のメディアに入り、より開放的かつ多元的な中国を伝えるために力を尽くしてもよいと思います。(了)

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・王国培氏 2007年から上海の朝刊紙「東方早報」で経済報道を担当している。2010年9月から2012年9月まで日本駐在記者として活動しつつ、早稲田大学アジア太平洋研究科で研究に取り組み、「上海の住宅マーケットの分析」と題する修士論文を執筆、修士号を取得した。

・東方早報 2003年に発行が始まった中国の都市報(都市圏を中心とする商業紙)。発行地は浙江省、上海など。発行部数は約60万部。改革派の新聞とされ、南方都市報、新京報とともに中国で最も影響力を持つ都市報の一つになっている。

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取材を終えて

 日中関係が悪化し続ける中、両国とも政権交代を迎えた。専門家から一般市民まで多くの人が、これからの日中関係について興味津々に語っている。私も自分自身の就職にあたって、今後の日中関係を重要な要素として慎重に考えている。日中両国の政治、経済に詳しい王国培さんの分析から前向きなメッセージが読み取れる。励みとなるメッセージをもっと多くの人に聞いてほしい。今後の日中関係もこの望みに沿ってうまくいってほしい。ただ、王さんが指摘した通り、両国のことを正しく報道するための人材が不可欠だ。ジャーナリズムを勉強している学生としての使命感をより一層強く感じた。(斉晗毓)

※この記事は、2012年度J-School秋学期授業「ニューズルームB」(担当教員・瀬川至朗)で作成しました。

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