少子高齢化のスパイラル~新宿区戸山地域に見る少子高齢化社会の未来予想図~

 早稲田大学戸山キャンパスに近い新宿区戸山2丁目地域と、そこから歩いて10分ほどの百人町4丁目地域は、高齢化率が40%から52%にも及ぶ。全国的に見ても突出した高齢化率である。なぜこの地域だけがこれほど高い数値を示すようになったのか。そして日本の高齢化率が20%を超え、なお上昇を続ける中、この地域に少子高齢化社会の未来像を探るべく、そこに住む高齢者の方々、高齢者を支える民生委員、そして行政担当者に話を伺った。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 少子高齢化のスパイラル~新宿区戸山地域に見る少子高齢化社会の未来予想図~
Share on Facebook
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip

 「高齢者が転倒しても、一人では起き上がれないことがあります。でもそこに頼れる若者の力がないんです」

 2008年5月下旬の心地よく晴れた土曜日。戸山ハイツに住んでまもなく40年になるという今村玲子さん(76)を尋ねると、まずこんな話を口にした。

 今村さんは、8年前にご主人に先立たれ、現在、一人暮らしをしている。週に1度は、それぞれ40代半ばになるという2つ違いの二人の息子さん夫婦と電話をするそうだが、お孫さんも大きくなり、訪ねて来てくれる回数はだいぶ減ってしまったそうだ。普段は駄菓子屋を営みながら、地域の子どもたちとやりとりをして生活する日々である。

 「私自身、昨年12月に転んで手を骨折し、1ヵ月くらい思うように動けなくなりました。20年ほど前には腰を悪くしてますし。力仕事や高い所の掃除などでは、確かに困っていますね」  今村さんはいま、少子高齢化社会における生活の困難さを日常の中で実感している。  


駄菓子屋を営みながら、地域の子どもと触れ合う今村玲子さん。付き合いは高齢者か子どもがほとんどで、新しく入居して来る若い世代とは年代差もあり、あいさつ程度だという。


 平成19年度版『高齢社会白書』(厚労省)によれば、平成18年10月1日現在、人口に占める65歳以上の割合を指す高齢化率は、過去最高の20.8%となっている。今後、いわゆる「団塊の世代」が65歳に到達する平成24年頃からこの傾向はますます加速し、約50年後の平成67年には40.5%、国民の約2.5人に1人が65歳以上の高齢者になると見込まれている。

 新宿区に関して言えば、平成19年4月1日現在の住民基本台帳と外国人登録者数を合算した値から算出した高齢化率は18.2%と全国平均を下回るが、この中にあって、上記の戸山2丁目地域は40.4%、百人町4丁目地域に至っては52.2%と、驚くような高い数値を示している。
 日本の少子高齢化社会の未来図ともいえるような両地域であるが、その住環境がこれほど高い数値を読み解く鍵となる。

 

 両地域を訪れると真っ先に目に飛び込んで来るのは、東京都住宅供給公社の団地である。戸山2丁目一帯には都営戸山ハイツが、百人町4丁目地域には都営戸山アパートが建ち並ぶ。戸山ハイツには1~35号棟に約7000人が、戸山アパートには1~15号棟に約1500人が入居している。


手前に見える新しい団地群が戸山アパート。順次、建て替えが進んでいるが、その間、入居者は団地内の別の棟に移っていたため、入居者の人口構成は変わっていない。


 これらの都営住宅には収入による入居者制限があり、一定基準を上回る収入がある人は入居できない。また、入居後も常に所得の申請をしなければならず、基準を上回れば退去させられる。居住スペースが狭いという住宅事情もあるが、2世帯で住むことができず、職に就いた子どもは出て行かなければならない。若者が流失するために、子どもの数が必然的に減る。その結果、少子化が加速し、高齢者ばかり残るという流れができてしまう。
 戸山ハイツの学区域にある新宿区立東戸山小学校は、現在、1学年2クラスで、全校児童は250人弱だが、数年後には、1クラスを維持するのも難しい状況になるかもしれないという。

 高齢者が多い理由はそれだけではない。戸山アパートに関しては、都内の都営住宅の建て替えの際、高齢者向けの転居先として斡旋されたため、他区から高齢者が次々と流入し、高齢化の傾向に拍車が掛かったというわけだ。

 

 高齢者問題について取り組む新宿区若松町地区民生委員の方々に、地域から見た問題について伺った。

 

 新宿区若松町地区民生委員・児童委員協議会会長を務める鱒沢信子さん(59)は、多くの高齢者を抱え、民生委員の役割が強く求められる地域において、一人暮らしの高齢者支援の難しさを語った。

 「高齢者といっても、後期高齢者の方などは、私にとって大先輩になります。これまで生きて来た方々の生き方やプライドを尊重してあげたい一方で、そこに孤立傾向が生まれてしまうのはやはり望ましくない。独居の方に話を伺うと、『自分は一人で死んでいくんだ。誰にも迷惑は掛けない』という人がいますが、迷惑を掛けずに死ぬということはできない。『ならば死んだ後、誰がその後始末をするんですか?』ということですから」

 元高齢者福祉部会副部会長の原田久仁子さん(63)は、親子間の精神的なつながりについて危惧する。

 「医療や消費生活には恵まれた地域だと思います。また、行政による高齢者サービスや在宅介護なども進んでいます。しかし、それらに頼っているのはむしろ子どもの方なのではないでしょうか。制度やサービスが向上しても、人の気持ちは下がっているともいえるでしょう。過密地帯だが、精神的なさみしさは高いような気がします」

 地域的な目で見た場合に介在する問題は、”個”の尊重とプライドに起因する”孤”のバランス、そして支援の難しさだ。

 

 行政はどのような取り組みを行っているのか。そしてどのような見解を持っているのか。新宿区高齢者サービス課高齢者相談係の横田洋子係長に、区の高齢者サービスについて伺った。

 現在、新宿区では、孤独死防止のために厚生労働省が行っている「孤立死ゼロ・プロジェクト」にならい、月に2回、75歳以上の高齢者の安否確認を目的とした「ぬくもりだより」を配布する取り組みを実施している。「単身独居で、看取られずに亡くなって2週間以上経過した場合」と区が定義付けている孤独死を防止する目的だ。

 「高齢者問題は、暮らしている地域で関わることが重要だと思います。行政はあくまで側面で、広報や法的なものとなってしまうが、住民が自ら考え、必要な手段を講じ、地域を作り上げ、そこに高齢者が見守られて暮らす社会が理想ではないでしょうか」

 行政だけではなく、地域の力による支援が必要であると考えているという。

 

 実際に居住している高齢者の方々はどのように感じ、生活しているのだろうか。 終戦後、満州から復員し、この戸山ハイツに住んでまもなく60年になる佐藤治作さん(84)は、現在、奥さんと2人暮らしだ。戸山地域の特徴を、地域と人間の両面における環境の明るさにあるとする。

 「高齢者は多いが、周りでは明るく、助け合い、励ましあって生きています。一人暮らしでも、隣の人が何をしているかではなく、まず知り合うこと、そして助け合うことが大切なのではないですかね」

 周りで孤独死する人も多いという中、高齢者の独居についてはこのように語った。

 「性格や人付き合いの部分で難しい方の場合は大変な面が多いですが、子どもと暮らしても生活が違うので、そこに無理が出てしまうのはお互いにとって良くない。ならば、一人でのんびり暮らしていくのもいいんじゃないですか」

 高齢者の独居を、無下に否定するわけには行かない。  

 

新宿区立戸山ことぶき館にて、佐藤治作さん。(左端)「人とのつながりを感じ、交流ができる施設の存在はボケ防止にもつながり、とてもありがたい」と笑った。

 

 冒頭で紹介した今村玲子さんは、親子のつながりを改めて考えるという。

 「親ももっと子どもを頼るべきじゃないでしょうか。実際には、ヘルパーさんの介護だけではなくて、子どもの一声で元気になれたりするんです。支えてくれるのはやはり家族だし、それを補ってくれるのが隣人なんだと思います。息子たちは『お母さん、部屋もあるから一緒に住もう』と誘ってくれていますが、迷惑を掛けたくないので『まだまだ大丈夫。介護保険に掛かってもここにいるよ』と言っています。本音はやっぱりさみしいけれど、プライドがその一言を言わせてくれないんです」

 ”個”と”孤” 、プライドとさみしさ、家族と地域……。少子高齢化社会の未来図を読み解く上でのキーワードが少し見えた気がした。

 

j-logo-small.gif

 

※この記事は、08年前期のJ-School講義「ニューズルームD」において、瀬川至朗先生の指導のもとに作成しました。

合わせて読みたい

  1. 構造設計の現場に迫る (2)
  2. 「置きマイ箸」キャンペーン
  3. 難しいごみ分別~東京23区の現実から賢い方法を探る
  4. 変わる山谷/外国人旅行者が増え、沈滞気味の街に活気