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「置きマイ箸」キャンペーン

 早稲田・高田馬場エリアの商店街で、毎年4月から9月の半年間だけ流通するお札がある。青や緑、黄色の厚紙に、手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』の主人公の顔が描かれた「アトム通貨」だ。そのアトム通貨が、料理店の「置きマイ箸」キャンペーンに利用され、評判になっている。2008年に流通5周年を迎えたアトム通貨の取組みを取材した。

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 アトム通貨の歴史

 原作の設定では、アトムは高田馬場にある科学省で2003年の4月7日に生まれる。アトム通貨の流通は、アトム1歳の誕生日にあたる2004年4月7日に始まった。
 

アトム通貨の主体は「アトム通貨実行委員会」。地元商店街と早稲田大学の学生らが協力して運営する。アトム通貨には10馬力、50馬力、100馬力の3種類のお札があり、1馬力が1円で換算される。 

 加盟店は当初の68店舗から現在の約180店舗にまで増加した。流通額の伸びも順調で、2007年度は当初の約2倍となる80万馬力を達成した。

実行委によると、「ありがとうのカタチ」として支払われるというコンセプトで、地域の社会貢献活動の推進を図ってきた。前事務局長の高木知未さん(22)は「学生の”何かやってみたい”というエネルギーと、商店街の人たちの”やらせてみようか”という包容力、それに経済力をうまく融合できたことがアトム通貨の成功点だ」と話す。

 

置きマイ箸プロジェクトの誕生

 学生たちが加盟店に提案したプロジェクト(社会貢献活動)は地球温暖化防止活動としての打ち水大作戦、忘れ物傘の貸し出しなど様々だ。最近の成長株は「置きマイ箸プロジェクト」だ。
 このプロジェクトは、高田馬場4丁目にある「中華料理 一番飯店」が取り組んでいる。店を訪ね、店主の山本義家さん(55)に話を聞いた。

 同店は、2007年に利用客が”マイ箸”を店に置いておけるサービスを始め、来店客数3割増(07年前期実績)を達成した。

 マイ箸の仕組みはとても簡単だ。店側が用意した箸と箸箱をお客が210円で買い、自分のニックネームを書いた紙を箸箱に貼ってもらう。次からは、店に入ったら自分で箸を取りに行き、テーブルにつく。マイ箸を使って食事をした人には、10馬力のアトム通貨を渡す。

 山本さんは、13人の常連客に声をかけてスタートした。店に箸を置いておけるという手軽さと「あの店には自分専用の箸がある」という特別感が女性客に特にウケて、あっという間に利用者は67人に増えた。

 常連客には、3800円の八角の炭箸をプレゼントした。他にも店で用意する箸は、木の枝を意識したデザインのものや、竹の質感を活かしたもの、きれいな色の糸が巻いてあるものなど”ひとくせあるデザイン”ばかりだ。休みの日に、山本さんが箸を仕入れてくる。お勧めは月島にある箸の専門店。箸箱も何種類かのデザインをそろえ、常連客たちの中にはキラキラしたシールを貼って「カスタマイズ」している人もいる。

 ”置きマイ箸”の一番の魅力は、「コミュニケーションが生まれる点」(山本さん)だ。様々なデザインの箸や箸箱を用意したり、洗浄・消毒・保管をしたりする手間は確かにかかるが、それを上回るメリットがある。「これまで自分の名前を呼んでくれるご飯屋があったか、ということなんだよね」と山本さん。テーブルの上に置かれた名前入りの箸が、店を居心地のよい空間に変えた。一人の女性客が増えたことが効果を物語る。

 店員の田中島典子さんは、お客さんが箸を見つけられないで困っているとき、「この箸ですよね?」と話しかけることがある。お客さんからは「そうだよ!覚えていてくれたの?すごいなぁ。嬉しいなぁ”」と感謝の言葉が返ってくる。名前と箸のデザイン、利用者に渡すアトム通貨が、コミュニケーションを生み出す大きな力になっている。

 

置きマイ箸がアトム通貨を活性化

 置きマイ箸プロジェクトの成功は、アトム通貨の流通も活性化させた。これまでコレクションに終わっていたアトム通貨が、実際に使われ始めたのだ。

 アトム通貨は、
(1)一定額の通貨を店が実行委員会から買取ってお客さんに配るという流れ、
(2)お客さんが支払う通貨を回収して実行委員会に提出して現金換算するという流れ
――の2つが一緒になって初めてお金が循環し流通する。しかし、従来は「配って終わり」の傾向が強かった。

 山本さんは「アトム通貨は、財布にあふれて初めて流通し始める。置きマイ箸プロジェクトを始める前は、アトム通貨をもらう機会が少なすぎた」と話す。現在、1日にお客から回収するアトム通貨は平均で10馬力札15~20枚で、流通している実感が出てきた。

 誕生から5年たったアトム通貨。ただ単に取り入れれば、地域の活性化につながるという単純なものでないことははっきりしてきた。山本さんは、「アトム通貨をただの紙切れにするか、商売をするためのすごく良い道具にするかは店次第だ」と強調する。
 こうしたプロジェクトの成功を受け、アトム通貨実行委現事務局長の山崎卓郎さん(文学部5年生)は「地域の方では少しずつ流通も始まってきた。これからは、早稲田の学生にどのようにアトム通貨を浸透させていくかを考えていきたい」と話している。

 

(了)

 

 

※この記事は、08年前期のJ-School講義「ニューズルームD」において、瀬川至朗先生の指導のもとに作成しました。

 

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