2007年4月15日
取材・執筆・撮影:
2007年4月15日
取材・執筆・撮影:
「みなさんにも回しますので、ご覧ください」 そう言って村山教授は、アスベストが付いた金網(トップ写真)を記者たちに回覧した。多くの人が、「理科の実験でガスバーナーの上に乗せて使った」と思い出すだろう。普通に使えばこの金網からアスベストが飛び散るということはない。だが、全国の各市町村では「万一のことを考え」、回収する教育委員会が多い。 厚生労働省は、2008年までにアスベストが含まれる製品の製造や使用を全面禁止とする方針を明らかにした。行政がアスベストの規制を長い間放置していたのが、昨今のアスベスト禍の原因とされているなか、それでも、“即刻全面禁止”とはならない。これには、最近よく耳にする「リスク」という概念が関係してくる。 「危険」と日本語では訳される場合が多い「リスク」。「リスクを冒す」といった表現があるように、「危険だとは知っておきながらも敢えて冒す危険」といった意味合いを含んでいる。リスクと背反するのがベネフィット(便益)である。アスベストにはリスクもあるが、ベネフィットもあった。だからこそアスベストは使われ続けてきた。
「アスベストは紀元前から使われてきたと言われており、古の時代から重宝されてきました。石でありながら繊維状。熱に強いし、化学的な特性も優れています」と村山教授はアスベストのベネフィットの側面も解説する。 日本では遅ればせながら、アスベストの使用はリスクが高いものであるという判断のもと、2008年に全面禁止の方針となった。だが、世界に目を向ければ、これからもアスベストが“重宝な材料”のままであり続ける国はあるだろう。例えば都市の近代化が急速に加速している中国では「今後もアスベストは使われ続けるだろう」と村山教授は見ている。 アスベストの代替材はないのだろうか。「ガラスによる人工繊維がつくられています。だが、細さが足りなかったり、コストが高かったり、というのが代替材の現状です」
村山教授は、情熱を抑えるかのように、冷静沈着にアスベスト問題を淡々と語る。 もともとは現在所属している早稲田大学理工学部で物理学を勉強していた。その後、環境問題に取り組みたいと思い、東京工業大学大学院へ。この1984年ごろから関わりがあった環境研究団体「市民エネルギー研究所」の松岡信夫代表から一冊の本を手渡される『Outrageous Misconduct(途方もない不正)』という洋書だ。米国のアスベスト問題に関する訴訟の歴史が細かく書かれていた。 「84年というと、日本ではまだアスベストはまだ問題にもなっていませんでした。その当時、外国の動きをよく調べていた松岡さんから『いずれアスベストは日本でも問題になるだろうから、きみも関心をもっておきなさい』と言われたのが、アスベスト問題に取り組むきっかけとなりました」 アスベスト問題が解決したら、その後の研究はどうするのだろうか。 「考えたことがありませんでしたね。これから数十年、この問題の被害は続くことになるでしょう」 村山教授が予測した死亡者数増加の未来。いまわれわれは、その「未来」の現実に、突入したばかりだ。