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2013年 日中関係を冷静に読む<2> 朝日新聞「新鮮日本」編集長 野嶋剛さんに聞く

 2012年冬、日本と中国で同時に新政権が発足した。しかし、尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領土権を巡り、互いの主張は平行線で、日中関係は良好とは言えないままだ。どうしたら、隣国同士仲良くやっていけるのか。「日中関係を冷静に読む」の〈2〉として、朝日新聞国際編集部次長を務め、中国語電子マガジン「新鮮日本」の編集長も担当している野嶋剛さんに登場してもらった。

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中国人の反日感情に驚いた留学時代

――野嶋さんは15年ほど前、福健省の廈門(アモイ)に留学されていたようですね。当時の中国の日本に対する様子と現在の様子に違いはありますか。

 留学していた頃、日本が初めてワールドカップに出場しクロアチアと対戦しました。僕は中国の方は日本を応援すると思っていました。ところが、彼らは100%クロアチアを応援するわけです。日本が失敗すると喜んで、クロアチアがゴールすると大喜び。ショックでした。聞いてみると、「おそらく日本がどこと対戦しても、僕らは日本を応援しないよ」と。

 昔の日本は、中国の方が日本に対するそのような感情を持っていることをよく知りませんでした。それは、日本のメディアがそのような中国のマイナス面をあまり報道せず、自己規制していたからです。あるいは、中国のメディア側もそのような態度を見せないようにしていたかもしれない。

 今の日本人は、中国人の日本に対する厳しい感情を知るようになりました。それが今と昔の違いです。中国人の感情は、当時も今も本質的には変わっていないと思います。サッカーの試合で中国が日本を応援しないことは、今では日本人にとって当たり前の事実なんです。 

――なぜ、中国人の日本人に対するイメージは悪いのでしょう。

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ジャーナリズムコース学生のインタビューに答える野嶋剛さん

 歴史問題がありますね。それは二重構造になっています。一つは直接の体験。おじいさん、おばあさんが体験した戦争の話がお父さん、お母さんに伝えられて子供に伝わります。そのような直接の感情としてのものがあります。どこの国でもそうですが、世代が変わると、だんだん薄くなってきます。

 しかし、中国では1990年代以降、中等教育レベルから愛国教育の中で日本の戦争について明確に描かれるようになりました。日本に対するマイナス感情は国の教育で常に再生産され、これが根強く残っていく構図です。これが二つ目ですね。年齢の高い人たちは直接の体験に基づく反日感情、若い人たちは教育によって得られた知識の反日感情。連鎖的な反日感情を持っていると言えます。

自分の状況への不満がナショナリズムを刺激する

――今回の尖閣諸島(釣魚島)の問題について、中国人の日本人に対するイメージはまた変わったのでしょうか。

 基本的にはそんなに変わっていないと思います。ただし、尖閣諸島というのはナショナリズムが高まる一つの材料です。教科書問題や70~80年前の昔の歴史について、今の中国人はイメージが湧かないですから。

 例えば、南京大虐殺の問題は過去の出来事についてです。目の前にある問題ではありません。だけども、尖閣問題は今目の前で日本人があんなことをしている。現在進行形の問題は、より直接的に中国人の感情を刺激します。

 今回の尖閣諸島問題は現在の日本に対する反発で、非常に危険なものです。現在の問題は中国国家の外交や安全保障などに直接関わってきます。民衆の感情と政府の利益に結びつき、中国が日本に対してより強い態度をとることになりかねない。そんな気がします。

――中国人は小さいころから愛国教育を受けていますが、今回の反日デモでは参加している人もいるし、参加しなかった人もいます。なぜだとお考えですか。

現在の自分自身の状況への不満があるか無いかではないでしょうか。自分の立場や環境に対して不満を抱えている場合、対外的な不満があるときに火が着きやすいのはどの国も同じです。今の日本人の中にナショナリズムが高まり、中国に対するは反発が高まっているのも、日本の不況と関係があります。

 中国の中では、豊かな人とそうでない人に分かれています。国内で決していい思いをしてないグループに属する人たち、自分自身の状況へ不満がある人たちがデモに参加している気がします。

――中国で反日デモが相次いだとき、台湾ではそこまで激しくなかったようです。原因は何でしょうか。

 台湾の人たちは日本と戦争をしていないから、戦争体験がありません。唯一戦争体験を持っているのは、国民党と一緒に大陸から台湾にやってきた外省人で、人口の5%ぐらい。台湾で反日デモに参加しているのは外省人が多い。もう一つ、台湾には愛国教育とか反日教育がそれほどなく、若い人たちもそもそも日本大好きという人が多く、反日デモが起きてもあまり広がりません。

――逆に、日本人が抱く中国人のイメージは、どのように変わったのでしょうか。

 もともと悪かったものが、もっと悪くなったと思います。日本の対中感情の悪化は、1990年代の後半に始まっています。それまでは、好感度の方が高かった。天安門事件をきっかけに、好感度を持たない人が5割6割と増えていきました。今回の事件を経て最近の内閣府の調査だと8割になってしまった。対中感情が悪化するのは、ここ10年以上のトレンドです。今回の事件で悪化したわけではありません。

「日中両国にとって尖閣諸島は重要な問題ではない」

――日中両国で新政権が始まりました。新しい日中関係について、どうお考えですか。

 一般論で言うと、政権が変わった時に対立とか摩擦は起きやすいです。新しい政権はまだ対日政策、対中政策の明確な方針を固めていません。その前に何か問題が起きると、とりあえず強く出ておく、という行動になりやすいです。だから一番危ないのが最初の半年と言われている。時間が経ってくると政府同士、あるいは政治家同士のパイプができます。そうすると何か問題が起きたときも、「困ったな、じゃあ解決しましょう」と。

 実は日本と中国にとって、尖閣諸島(釣魚島)は基本的に重要ではありません。資源について、本当にあるのかどうか誰も知らない。もし石油やガスがあったとしても、海岸からの距離が遠すぎて運べない。それに、今は世界中でシェールガスなど新しいエネルギーができているから、あえて海底からコストをかけて掘り出す意味はありません。価値は無いのです。

 何が問題かというと、プライドです。国家のメンツ。日本が中国に譲歩したら、日本人は「負けた」と。中国も、日本が軍を派遣したら「許せない」。それは感情に基づいた対立だから。感情さえ収まれば、その問題は放置されるんです。

――尖閣諸島(釣魚)問題における中国のメディアと日本のメディアとの違いは何ですか。

 この手の問題は、どちらも客観性はないのです。日本側は中国のメディアが一方的に書いていると思っているし、中国側は日本のメディアが一方的に書いていると思っている。

 ただ、言論空間の幅というものがあって、日本において、尖閣諸島は100%日本の領土と言えるかと疑問に思っている人もいます。歴史的にも国際法的にも、必ずしも100対0で日本が勝っているわけではなく、中国の言うことにもそれなりに耳を傾けなければいけないと、日本の新聞や雑誌でそのような話は出ています。

 けれども、中国の公式のメディアにおいて、中国の主張が100%正しいわけでないという意見はありません。ブログには載りますが、公式メディアでは、中国政府の立場について疑問を呈するのは絶対に載りません。中国は10のうち10が中国の立場。日本だと1,2割は中国の立場を擁護します。それが違いです。ある意味、言論の自由やメディアの規制ですね。

日本理解に必要な中国語での情報発信

――担当している中国語電子マガジンの「新鮮日本」は、どのような読者を対象にし、何が狙いになっていますか。「朝日中文網」との違いはなんでしょうか。

 朝日中文網は2012年4月にスタートしました。これは無料のニュースサイトで、朝日新聞の中から、中国の方にとって関心のあるテーマを選んでニュースを流しています。主に日本の政治、経済、社会、日中関係など硬派のニュースで、一日に十本から二十本ほどです。

 新鮮日本は2011年1月に始まりました。どちらかというと旅行、文化、観光など柔らかいニュースです。週刊誌の形で毎週発行しています。

 朝日新聞は国際的にも発信をして生き残らなければならない。人口の多い中国には読者がたくさんいるので、そのマーケットを開拓しようと。我々がもう一つ力を入れているのがウェイボー(中国式ツイッター)での発信で、いま100万人ほどのフォロワーがいます。100万のフォロワーを持っている日本企業は他になく、かなり大きな影響力だと思います。

――中国語で書かれ、中国にいる中国人のための日本メディアのニュース配信は、今後の日中関係にどのような影響を与えるのでしょうか。

 今の中国で日本のニュースについては、基本的に在日の中国メディアの記者によるものです。彼らの書く記事は、大事な問題については政府の立場を外しません。だけども、中国に対して我々は日本の立場から日本の報道を紹介しているでしょう。少なくとも、中国に対して別の見方を提供できる。それを中国の人がどう思うかは別ですが、いろいろな意見があり、日本人はこう考えているんだと、直接中国に伝えることができます。長い目で見れば意味があることじゃないかなと思います。

 尖閣諸島問題がトラブルとして激しかったとき、毎日ものすごい人数の中国の方が私たちのウェブサイトを見に来ました。自分自身を相対化できる効果はあるなと思います。

――日中関係に関心を抱き、ジャーナリズムを学ぶ学生に一言お願いします。                   

 我々がやっているのは日々現実との戦いです。ジャーナリズムを勉強する人達は、大学の勉強も当然大事だけど、日本の色々な場所に行って、様々な部分を見てほしい。現場が大事ということを、大学にいるときも常に考えていてほしい。何か勉強したら自分の目で確かめてみるとかね。日本社会の現場を自分で見ながら、ジャーナリズムの学問にフィードバックしていくような、そんな過ごし方をしてほしいです。(了)

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・野嶋剛さん  :  朝日新聞社でシンガポール特派員、イラン・アフガニスタンで戦争報道を経験した。2007年から2010年までは台北特派員。現在は朝日新聞国際編集部次長で中国語担当。同時に、「新鮮日本」の編集長も務める。個人のブログやウェイボー(中国式ツイッター)からも発信する、中華圏に詳しいジャーナリスト。

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取材を終えて

 中国人・日本人の相手国に対する感情には、日中間の歴史が根強く残っていることがわかりました。お話から、最近は日中互いに感情が先行し、目の前が見えなくなっている印象を受けました。そんな中、朝日新聞社の「中文網」と「新鮮日本」は行き詰った関係を打開する解決策の一つとなりそうです。中国政府のニュースしか手に入らない中国が日本の考えを知ることができる、新しい手段だと思いました。少しずつ、日中関係の友好に繋がっていってほしいです。ジャーナリズムコースには、中国出身の留学生も在籍します。身近な場所から日本人は中国を、中国人は日本をより深く知り、「イメージ」だけでなく個人同士で関係を築いていくのが私たちのできることではないでしょうか。(斉藤明美)

 
朝日新聞中国語電子週刊誌「新鮮日本」
http://www.asahi.com/english/china/
朝日新聞中国語ニュースサイト「朝日新聞中文網」
http://asahichinese.com/

 

※この記事は、2012年度J-School秋学期授業「ニューズルームB」(担当教員・瀬川至朗)で作成しました。

 

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