2014年3月28日
取材・執筆・撮影 : 靍原なつみ イラスト : 角野雅美
男性も痴漢から保護対象に この春、全都道府県で改正条例施行
2014年4月1日、岡山県の改正迷惑防止条例施行をもって、全国47都道府県すべてで男性に対する痴漢行為を女性と同様に取り締まることができるようになる。1999年まで、迷惑防止条例では女性に対する痴漢しか罰することができず、男性被害者は保護対象外だった。しかし、鹿児島県が男性被害者も対象とする条例施行に踏み切ったことを皮切りに、15年かけて、条例の対象は全国で「婦女」から「人」に拡大した。
警察、駅員も男性の被害例を認識
痴漢行為は、都道府県ごとに定められる「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(略称「迷惑防止条例」)や「迷惑行為等防止条例」の違反行為として取り締まる。鹿児島県では、「公衆に不安等を覚えさせる行為の防止に関する条例」(略称「不安防止条例」)で取り締まる。警視庁統計によると、平成24年度の送致件数は2232件。そのうち、全体の77.6%の被害が電車や駅で起こっている。
「警視庁の統計」平成24年度・第67表「迷惑防止条例違反の送致状況」より抜粋
警視庁HP「都内における痴漢犯罪の発生状況~平成24年度中~ 場所別発生状況」より抜粋
警視庁鉄道警察隊新宿分駐所の警察官は「男性の場合は難しくて、きちんと調べたら蹴った、叩いた、押しただけの場合もある。でも、痴漢被害に遭う男性はいるかいないかで言ったらいる」と話す。
警視庁情報公開センターによると、「男性の被害数も数件あるにはあるが、少ないから統計を取る流れにならない」ということだ。
新宿駅西口改札の駅員は次のように話す。
「僕は見たことはないけど、聞くことはありますね。自分の役割はお巡りさんに引き渡して、お巡りさんの名前聞いて、という形で終わるので、示談になったか逮捕されたかまではわかりません」
新宿駅駅長室の駅員も「そんなに多くはないけど、あることはあります」と話す。「この前1回あったな。僕が赴任してからなので1ヵ月に1回くらいの頻度かな」と推測する。
JR東日本広報課は、「警察の方に引き渡してしまうので、正確な数字はわからない。被害についても話せない」と回答した。
条例改正の背景に男性の痴漢被害
現在、東京都では迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)第5条第1項で次のように定めている。
第五条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
二 公衆便所、公衆浴場、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部若しくは一部を着けない状態でいる場所又は公共の場所若しくは公共の乗物において、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。
三 前二号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。
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罰則は「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金(常習の場合、1年以下の懲役又は100万
円以下の罰金)」だ。通常の痴漢行為は上記の条例で取り締まるが、被害がエスカレートした場合は、被害者の性別に関わらず、刑法第176条の強制わいせつ罪で6ヵ月以上10年以下の懲役に処される。
上記の条文の「人」という箇所は、2001年9月まで「婦女」という限定的な表現だった。そのため、当時は男性に対する痴漢行為を迷惑防止条例で取り締まることができず、軽犯罪法第1条28項を適用していた。他人の進路に立ちふさがり、不安や迷惑を覚えさせるような方法でつきまとった者が処罰される法律で、罰則は拘留(1日以上30日未満)、もしくは科科(1000円以上1万円未満)と、迷惑防止条例違反より軽い。
1999年10月1日に、鹿児島県で「他人に対し、次に掲げる行為をしてはならない」と被害者の性別を限定しない不安防止条例が施行された。
これについて生活安全部生活安全企画課の担当者は「当時の担当者がいないので詳しいことはわかりませんが」と断ったうえで、次のように語る。
「もともと昭和35、6年頃に、37都道府県で迷惑防止条例が制定されましたが、その時点では地方ということもあって、鹿児島県では条例をつくりませんでした。痴漢については、強制わいせつ罪など個別の事案に応じて対応していました。平成11年に、しっかり取り締まろうということで不安防止条例を制定しましたが、その時代はもう男女分けるとかそういう考え方がなかったので、文言は『他人に対し』と設定したんだと思います」
それを皮切りに、2001年9月には東京で痴漢被害者の範囲が「婦女」から「人」へ広がる。
当時、東京都が条約を改正した理由を、朝日新聞(2001年5月29日朝刊)は「男性が被害者のケースなども取り締まりができるようにする」、読売新聞(2001年5月23日朝刊)は「若い男性が年配の男性から被害を受けるケースもあることから、条文中の『婦女に対し』という言葉を『人に対し』と改めた」、毎日新聞(2001年4月26日朝刊)は男性が被害者になることも想定し『婦女』を対象としていた条文を『人』に改める方針」と報道している。
2001年に東京都、千葉県、広島県、2002年に大阪府、神奈川県、兵庫県、愛知県、長野県など、各都道府県で、条例の範囲を男性も含める流れが起こった。2014年4月1日に施行される岡山県の改正条例をもって、全国の迷惑防止条例で「婦女に対し」という文言は消える。
2013年12月に改正条例を施行した高知県警察本部生活安全企画課の担当者は、改正に至った経緯を次のように語る。
「初めに条例が制定された昭和38年には、卑わいな言葉を投げつけられたときに卑わいだと認識できる年齢の、いわゆる成人女性が対象でした。ですが、現代では性別や年齢に限らず被害に遭っている。例えば電車の中で中学男子生徒が股間に触れられただとか、そういった被害例もあるもんですから、条例を改正したんです。高知の場合が特に男性の被害が増えているということはないんですが、ぽつぽつありますので、対応していけるように改正した、という形ですね」
2014年度に新条例が施行される岡山県警察本部生活安全環境課の担当者も、同様に男性の痴漢被害の実態をあげる。
「実際には男の子や男性の被害もあります。婦女だけじゃなく、岡山県民全員を守らなくちゃいけない。岡山県で実際どのくらいあるかっていうのはすぐにはわからないけども、男の子が触られたり、声かけられたりっていう被害は全国にある。ですから、男女関係なく犯罪から守る。そういうことを考えての改正です」
男性が被害に遭ったときに、犯人を罰する条例はある。
しかし、多くの男性は羞恥心などのため被害を訴え出ないのが実情だ。女性と同様に、男性も被害者になりうると周知する必要がある。
※この記事は2013年秋学期の実習授業「調査報道の方法」において作成しました。
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