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「今につながる家族の問題」 第13回早稲田ジャーナリズム大賞NHK ETV『永山則夫100時間の告白』堀川惠子ディレクターに聞く

 1960年代に「連続殺害事件」を引き起こし、死刑を執行された「永山則夫」には、封印されていた精神鑑定記録があった。その精神鑑定記録を公開したNHK ETV『永山則夫100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~』(取材班代表、増田秀樹NHK大型企画開発センターチーフ・プロデューサー)が第13回早稲田ジャーナリズム大賞文化貢献部門大賞を受賞した。この企画立案と番組制作をディレクターとして担当し、後に著作『永山則夫 封印されていた鑑定記録』(2013 岩波書店)を出版したフリージャーナリストの堀川惠子さんにお話を伺った。

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「金欲しさの犯罪」の根っこにあった家族の問題

 ―制作した番組が受賞してのお気持ちはいかがですか。

 賞というのは選考委員の方にもよると思うので、受賞というのは偶然だと思っています。制作した作品を見てくださって、何かを感じてくださった方がいたということに感謝したいです。

 ― ETV「永山則夫100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~」の制作の経緯について教えてください。

 私は、最初はただ後世の為に、このテープの記録を残そうとして始めたんです。ところが、記録を聞き出したら、歴史を覆すようなことを言っていました。世の中では四十何年間、金欲しさの犯罪だと言われていたけど、実は、根っこには家族の問題がありました。これは、ただ単に個人で持っておくものではないと思い始め、最初は本にするつもりで出版社と話を進めてやっていました。でも、文字にして書くものと実際に聞く声というのは全然違うと思い、やっぱりこの音を残さないといけないんじゃないかという気持ちが出てきました。そして本の作業を中断し、テレビの制作をしました。テレビと書籍というのはやっぱり非常に特徴に違いがあります。テレビは感情のメディアになりがちだし、うまくいけば人の心に届くものが作れるし、下手すれば人の憎悪ばかりを煽って見るべき問題を見失わさせてしまうこともある。また視聴率1%の百万人近い人が見ているという大きいスケール・メリットもあります。一方、書籍は売れても読者は一万人や二万人なんですよ。でも本当にその事を知りたいという人が手に取ってお金を払って買ってくれます。テレビの制作の後に本を出版しましたが、それぞれ全く違うものとして、その特性を考えながらつくりました。

 堀川恵子さんは、広島のテレビ局での勤務の後、フリージャーナリストとして数々のドキュメンタリー番組やノンフィクション作品を世に送り出してきた。永山の精神鑑定の記録の存在を知り、鑑定医石川義博医師の元へと通い、膨大な資料を整理しまとめそれを公開した。

 ―番組制作の上で何か注意をしたことはありましたか。

 テレビは恐ろしくて、理性に働きかけるメディアじゃなくて感情を動かされるメディアなんですよ。死刑のような悪い、ひどい事件が起きたら皆で、「悪い」「殺せ」ってやっちゃうでしょう。それと非常に似たところがあるんだけれど、テレビでそんな感情を扱うというのは非常に危険なんですよ。だから彼の言葉の中で何を切り取るかを考えるのは、本当に大変でした。ただ単に凄いところを使えばいいという人も居ますが、それをやっちゃうと感情が激しすぎて、本当に伝えないといけないことが伝わらなくなってしまいます。

 

「第二の永山則夫を出さない」ために

 ―なぜ「永山事件」(注1)に関心を持たれたのでしょうか。

 広島に広島拘置所というのがあって死刑を執行しているところがあるんですよ。歩いて五分で広島の中心部にいけるようなところに塀があって、拘置所がありました。1997年か8年に、新聞を読んでいたら死刑が執行されたというニュースが出ていて、一人の執行は広島拘置所でした。あんな街の真ん中で刑を執行しているのだという恐怖と驚きが死刑について取材者として考えるスタートでした。そうしてその後、死刑について考えるときにちょうどあの光市母子殺害事件(注3)があって、死刑か無期かを争っていました。テレビや新聞が一方的なニュースしか流していない中、私は取材して死刑と無期の二つの判決を取り寄せてみたんです。そうすると人を生かすか殺すかという、量的ではなく質的な違いがあるにもかかわらず、それぞれの判決の基準が同じ「永山基準」(注2)というのを引用していました。同じものを使いながら全く真逆のものを導いていて、いったいこの永山基準とは何なのかと思い調べたのがきっかけです。私にとって永山則夫とは最初は歴史上の人物でした。

 ―永山則夫の精神鑑定記録の存在を知ったときのお話を聞かせてください。

 記録は鑑定を担当した石川先生が持っていらして、医師としてそういうものを表に出してはいけないということがありました。しかし、ご自分の中ではあの鑑定には色々な思いがある。私が二年半がかりでお願いをして、心を許してくださいました。そして、やっぱり今、永山事件というと昔の事件なのですが、起きていることというのは今も全然変わっていないと思うんです。今、少年事件というのは実は減ってきているのですが、でもやっぱり時々大きな事件が起こる。そういう時に、どうして少年が人を殺すのか、普通簡単には起こりえないことがなぜ起こるのかと考えるときに、未来のことは分からないから過去に起きたことに学ぶしかないですよね。そういうこともあって、永山のケースは確かに個人のプライバシー、究極のプライバシーなのだけども、それを公にすることでこれから起きる犯罪を防ぐ為にどうすればいいのか考えることができると思いました。石川医師の言葉でいうと、「第二の永山則夫を出さない」ために、この事件を再び皆で考えてほしいと思いました。

 

しんどかった告白テープの聴き取り

 ―実際に永山則夫と石川医師との対話のテープを聞かれてみて、何か印象に残ったことはありましたか。

 この事件そのものは2008年から調べていて、私の中ではある程度知り尽くした事件だったのですが、一つだけ分からないことがずっとありました。それはなぜ彼が四人も人を殺したのかということでした。そして実際にテープを聞いてみると、その動機を明確に語っていました。それは家族に対する恨みでした。こんなことをやったら家族が困るだろうという、「あてつけ」の為の事件だったことが分かりました。これにはものすごいショックを受けて、ここまで自分の家族に対する憎しみが膨らむとはどういうことかと思いました。もちろん憎しみの裏には愛情があり、悪いことをして注意をひきたいという、人格の未発達な子どものような精神構造なのでした。

 ―カウンセリングの肉声を聞かれての印象はどうでしたか。

 全部を聞くのに八、九ヶ月かかりましたけど、本当にしんどいというか、つらかったです。耳からの情報は脳に直結しているのか、本当に彼自身の苦しみや叫びが耳から直接入ってきて、一日二三時間聞いたらへとへとになる感じでした。うまくいえないのですが私も初めての経験で、体中が疲れ果てるという感じでしょうか。死者の声であるというのと、それが憎しみ悲しみ、愛されたいという叫びみたいなものであり、これを聞くのは本当にしんどかったです。人の苦しみや叫びを目の当たりに聞かされるのはつらく、なおかつ一人が苦しいだけじゃなくその彼によって殺された人間も居て、そういう反対側の苦しみも分かっていて、逃げ場がなく救いようがないような感じでした。テープを聞いたときは本当に苦しかったです。

 

 人と人の繋がりが犯罪を防ぐ力に

 ―「永山事件」を通じて、現代社会に発信したいメッセージとはどのようなものでしょうか。

 人が犯罪へといたるときに、つまり一線を越えてしまうときに、それを思いとどまらせるのは、人と人との繋がりだと思います。そこで手をつなぎあうのは、友達でも家族でもいい。これをやったら誰かに迷惑をかけてしまうという、愛情の絆というのでしょうか。そういうものが一本でもあればいいと思います。それは難しいことをいっているのではなく、ただ周りにいる人間にこう手を握る、手を差し伸べる、拒否されてもそれでも握りしめるだとかいう、家族でも友達でもできる簡単なことだと思います。そういう当たり前のことを、もう一度考えてほしいなというメッセージを込めました。

【取材・執筆・撮影 : 屈靖、篠原諄也、陶玲玲】

(注1)永山事件

1968年に当時19歳の永山則夫によって引き起こされた連続ピストル射殺事件。東京、京都、函館、名古屋で4人を殺害。1969年に東京で逮捕され、1979年に死刑判決。1981年に無期懲役に一旦は減刑されたが、1990年に最高裁判所で死刑判決が確定。1997年に死刑が執行された。

 (注2)永山基準

日本の刑事裁判で無期懲役か死刑かの判断をする際に参照されてきた基準。1983年、最高裁が永山則夫に対し無期懲役判決を破棄した際に示された。考慮すべき点として、「犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状」を挙げている。

 (注3)光市母子殺害事件

1999年4月14日に山口県光市で主婦と生後11ヵ月の長女が殺された少年凶悪犯罪。被告人は強姦致死罪容疑・殺人罪容疑・窃盗罪容疑の罪状で裁判となり、事件当時は18歳で未成年でありながら死刑判決を言い渡された。元少年による凶悪犯罪を死刑にする是非をめぐって国内で論議が起こった。

取材を終えて

インタビュー中、堀川さんは日常生活の中での人と人との繋がりの重要さを繰り返し強調した。永山事件はもう遠い昔のことであるけれども、現代の少年事件も多くは永山事件と共通する要因から発生している。しかし、これは私たち一人一人のそれぞれの細やかな行動で変えられることでもある。そして、厳罰主義の社会にジャーナリストとして流されないように他人への配慮も忘れてはいけないとしみじみに感じた。(陶玲玲)

  • 石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞HP

      http://www.waseda.jp/jp/global/guide/award/index.html

  • NHK ETV特集 『永山則夫100時間の告白~封印された精神鑑定の真実~』紹介ページ

      http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/1014.html

  • 『永山則夫 封印された鑑定記録』(2013 岩浪書店)紹介ページ

      https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0241690/top.html (岩浪書店) 

         http://p.tl/mnlw (amazon)

 ※この記事は、2013年度J-School秋学期授業「ニューズルームB」(担当教員・瀬川至朗)を中心に作成しました。

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