「自立」して生きる~遺品整理の現場から

「自立」して生きる ~遺品整理の現場から〜

世界で初めて遺品整理サービスを開拓した吉田太一さん(46)。故人の住まいに残された遺品は、その人が「生きてきた証」だ。親族だけでは対処しきれない、膨大な遺品の整理を通して、「死」の区切りをつける。

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 94年に運送業を立ち上げ、02年に名古屋市に有限会社「キーパーズ」を設立した。これまでに受けた依頼は1万件以上に上り、会社は急成長を遂げた。背景にあるのは孤立死の問題だ。死後数週間以上経過し、近隣から異臭の苦情を受けた家主や親類からの依頼をうけて現場に向かう。遺体からわくハエやウジの大群には今も慣れないという。「虫がわく現場をちゃんと“気持ち悪い”と思えることが人間として正常なんだ」

 最も多いのが仕事から離れた独身男性の孤立死だ。地方から単身上京してきた男性は仕事がなくなると同時に、社会とのつながりも失ってしまう。「男はプライドを捨てられないから、“助けて”となかなか言えない。素直に人に甘えたり、頼ったりできるといいんだけど、これが難しい」

 大阪府出身。何事も“まずやってみる”チャレンジ精神が信条だ。運送業時代に遺品整理を初めて引き受けた時、遺品の処し方に呆然とする遺族に「お任せください」と声をかけた。「誰もやりたがらない仕事だから、一番喜んでもらえた」。事務所のコルクボードには、依頼主からのお礼の手紙が無数に張ってある。

 人助けの気持ちだけで仕事をしているわけではない。万年床で食事もインスタントのものばかり、現場で目にする「だらしない」生活スタイルに警鐘を鳴らす。自暴自棄になることなく、自立して生きることの重要性を感じてきた。各地で講演会を行い、充実した人生を送るためのアドバイスを送り続ける。

 5月下旬、仕事で引き取った家具や家電などの遺品を、4トントラックいっぱいにつめて、東日本大震災で被災した宮城県大崎市へと向かった。「大崎市は家屋の全壊率が最も高い。会社として被災者の力になれたら」。被災者への継続的な支援を目指している。

 

※この記事は、2011年度J-School春学期授業「ニューズルームD(朝日新聞提携講座)」(林美子講師)において作成しました。

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