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生きている「本」を貸し出す図書館

東京大学先端技術研究センター特任研究員・平井麻紀さん(34)

生きている人を「本」として貸し出して、「本」と読者が対話をする「リビングライブラリー」(LL)という取り組みがある。今年の6月4、5日に東京大学先端技術研究センター(東京・渋谷区)で行われたLLで「司書」を務めた平井麻紀さんに、LLの意義を聞いた。

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ーーLLのねらいは何ですか。

  読者がいろいろな視点があることに気付いて、自分の思うことが正しいと思いこまなければ、考える余地が生まれます。たとえば、アスペルガー症候群という自閉症の特性として、人と上手く挨拶ができないということがあると知っていたら、それまでは感じ悪い、嫌な人と勝手にくくっていた人への見方が変わるかもしれません。「ひょっとしてこの人にはアスペルガー症候群とかあるいは違う何かがあるのかもしれない」と思えば、簡単に怒りには直結しなくなるかもしれない。そういう意味での新しい視点が入ることで、次の行動が変わる可能性があるということに期待をしています。 

ーーLLはもともとデンマークで始まり、ヨーロッパを中心に世界へと広がった取り組みだと聞きました。日本で実施する上で、日本らしくアレンジした部分はありますか?

  デンマークの場合、”Don’t judge by its cover!”(表紙で本を判断するな!)や “What is your prejudice?”(あなたの偏見は何ですか?)と呼びかけるなど、偏見そのものをターゲットにしています。一方日本では、偏見という言葉にゴツゴツした堅いイメージや悪いものという印象が強くあり、あまりなじみのある言葉ではありません。前面に出すと日本人には参加しにくいのではないかと考えました。そこで、偏見をなくすというよりも、もっと手前のところで、それぞれの中にある固定観念やバリアに気付き、新しい視点を持つことをねらいにしています。

ーー「司書」として「本」を選ぶ上で気を付けていることはありますか。

  まったく知らない相手に自分をさらさなければいけないというのは、「本」の人にとっては非常に酷なことです。そういう意味で、どういう人に語ってもらうかという基準をしっかり持っていなければいけないというのは、毎回肝に銘じています。具体的には、時間的にある程度経過していたり、心理的にもその経験に対してある程度距離がとれていたり、ある程度他者の視点も入っている人に、「本」をお願いするようにしています。もしくは、そういう準備が整いそうな人にふっと背中を押してあげることもあります。

ーー平井さんがLLを続ける理由は何ですか?

  大阪で大学院に通いながら精神障害者の社会復帰施設で働いていたことがあります。そのとき、精神障害者から「日常的に偏見を受けるのが苦しい」という話をよく聞いていました。そういう中で、折り合える社会はどうしたらつくれるんだろうと考えるようになりました。でも、偏見というものを強く意識するきっかけになったのは、大阪大学付属池田小学校児童殺傷事件でした。犯人の宅間守被告が精神科への通院歴があったことから、「精神障害はあぶない」というイメージがつくられた。あのとき、付き合いのある多くの人が調子を崩しました。

  驚いたのは、周りの人が攻撃するから調子を崩すというよりは、「自分もそう思われている」とか「自分もそういうことをする人間なのだろうか」と思って崩れる人が多かったということです。宅間被告が診断された統合失調症になる人には、穏やかな人が多いんです。あの事件によって危険人物というレッテルを貼られた精神障害者と自分の目の前にいる精神障害者があまりにも違っていて、ものすごい違和感がありました。これがいわゆる偏見というものなのかと思いました。

  偏見があること、そして偏見を持つ人と持たれる人の混ざり合う場がないことにずっと問題意識を持っていました。LLは混ぜこぜにする場です。LLを通して、ひょっとしたら自分の問題意識に答えが出せるかもしれないと思い、この活動を続けています。

ーーどんなときにやりがいを感じますか?

  参加者の感想を読んで、伝わったな、響いてるな、という感覚を得たときには、やってよかったと思います。その人の中にある枠組みを崩して、落ち着かない気持ちになってもらえたら成功だと思っています。その違和感の中でいろいろ考えて、次の行動につなげてほしいので、あまりすっと感動してほしくはありません。あとはやっぱり、準備段階での「本」の皆さんとのコミュニケーションの中で、人の話を聞けるというのは純粋に楽しいことだと感じます。 

取材を終えて

  生きている「本」は、初めて会う人に自分自身をさらさなければならない。読者の言葉に傷つくかもしれない。それでも、「本」となって語ることを自らの意思で決めた人たちだ。平井さんは、「『本』の人たちがそういう覚悟をして目の前にいるということを、一体どれだけの読者が想像できているのだろう」と話した。図書館をコンセプトにした一見楽しい取り組みの奥には、深い意味が込められている。

 メモ

リビングライブラリー(LL)

  生きている人を「本」として貸し出し、読者として参加した人と30分間対話をするという取り組み。「本」になる人の多くは、セクシャルマイノリティや体に障害のある人、ホームレスなど、誤解や偏見をもたれやすい人だ。普段話す機会の少ない人と直接話すことで、読者が自分の中にある誤解や偏見と向き合うことを目的としている。2000年にデンマークのロック音楽祭で行われたのが最初で、それ以来、世界各地で行われている。

 東京大学先端技術研究センターでのLL

  人間支援工学を専門とする研究室の中邑賢龍先生を中心として、オープンキャンパスなどでこれまでに3回行われてきた。今年6月にオープンキャンパスで行われたLLでは、車いすユーザー、セクシャルマイノリティ、生臭坊主、脳性マヒ当事者、アスペルガー症候群当事者、高次脳機能障害当事者など、全部で17冊の「本」が集まった。「読者」としての参加者は2日間で延べ223人だった。

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※この記事は、10年後期のJ-School講義「ニューズルームE」において作成しました。

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