1151-MAIN_星まつり会場の広場

勉強ができなくても「なんくるないさ」

石垣島の教育観

自然豊かな環境の中で、すくすく育つ石垣島の子どもたち。彼らはとにかく元気がいい。ただ、勉強には無頓着だ。島の教育関係者によれば、家庭学習の習慣がほとんどないという。小学校から塾に通うことも珍しくない都市部の子どもたちとは対照的だ。そんな石垣島の子どもたちを、大人はどんな思いで見守っているのだろうか。そこには、石垣島の人々が共有する、ある価値観があった。

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星降る夜の子どもたち

  旧暦の七夕に近い週末、全島ライトダウンを呼びかけ、暗闇の中に寝転がって星空を眺める。石垣島では、そんな「南の島の星まつり」を毎年行っている。今年は8月14日に開かれ、夕方頃から多くの人が、会場となった広場に集まった。

  この日、夜空に輝く無数の星と同じくらいに、都会では見られないものがあった。それは、広場の脇の丘を、夢中になって力いっぱい転がり回る子どもたちの姿だ。石垣島の子どもたちは、豊かな自然に囲まれた環境のせいか、とにかく元気がいい。また、伝統芸能が盛んな石垣では、子どものときから三線を弾いたり、踊りを踊ったり、獅子舞を披露したりと、島の伝統行事に積極的に参加する。

写真:石垣の海

  外で元気よく遊びまわり、芸達者な石垣島の子どもたち。しかし一方で、彼らは勉強には無頓着だ。

  島の教育関係者は、石垣島の子どもたちについて、「家庭学習の時間が少ない」と口を揃える。島の子どもの多くが小学校から家庭学習の習慣がないまま成長するので、中学、高校と上がるにつれて新しい知識の積み重ねが難しくなってくる。

「生きていければいいさー」

  石垣の子に家庭学習の習慣が身につきにくいのはなぜか。

  そこには、「なんくるないさ」の言葉に象徴される、石垣島の人々の気質が関係しているようだ。島の高校に通う女子生徒は、次のように話した。

  「島の人たちは、『勉強ができなくても、生きていければそれでいいさー』って思っています。親戚からは『大学に行っていない人も、生きる力があれば立派に生きられるんだよ』と言われます」

  都市部で目にするような、親の受験熱というものは、石垣にはほとんどない。2人の娘を本土の大学に通わせている男性は、「親としては、豊かな自然に囲まれて、他人を蹴落としてまでっていう露骨な競争もないので、島で子どもを育てて良かったと思ってるよ」と話した。石垣島に暮らす人たちにとっては、勉強ができるということの価値は、それほど高くないようだ。

地図 : 石垣島と沖縄本島(那覇市)の距離は411キロ。地図にはないが、石垣島と台湾(台北)の間は277キロで、地理的には台湾のほうが近い。=石垣市HPの情報

  また、島の県立高校の進路指導の先生は、「島という地理的環境が、子どもたちに『勉強しなくてもなんとかなる』と思わせる」と指摘した。島では、大企業や多様な人に触れる社会的環境に乏しい。そのため、生徒たちは本土の高校生が受けるほどの刺激を受けられず、勉強に力を入れなくなるのではないかと先生は分析する。 

 

低学力への懸念

  石垣島の子どもたちを見ていると、受験のためにと小学校から塾に通う都会の子どもの姿が不自然に思えてくる。しかし、島の教育関係者には、家庭学習の不足を問題視する人が少なくない。石垣島の子の学力レベルが、全国平均を大きく下回っているという現実があるからだ。

  2009年度の全国学力・学習状況調査の石垣市の結果は、小学校・中学校共に、国語と算数・数学の両方で、正答率が、全国平均を下回る沖縄県の県平均よりも、さらに下回っている。小学校では全国平均に対して、国語Aが9.1、国語Bが8.8、算数Aが3.3、算数Bが11.4ポイント、それぞれ低い。中学校では国語Aが9.7、国語Bが9.0、数学Aが15.0、数学Bが17.9ポイント、全国平均より低く、中学校で差が拡大していることが分かる。(Aは主として知識、Bは活用という分類)

 

家庭環境の変化

  これには、石垣市の離婚率の高さと核家族化による、家庭学習環境の悪化も影響している。石垣市保健福祉部・児童家庭課の丸山さい子さんは、島の都市化を指摘する。

  「石垣でも、アパートが建って核家族化が進んでいます。また、離婚率が高い。そのため、子どもを引き取った母親が、核家族化で頼る人がいないために、かつては家庭内で解決できていたことを相談に来ることも多いです」

  石垣島では3世帯同居が多かったが、現在は一般世帯に占める核家族世帯の割合は56.4%で、全国平均とほぼ変わらない。また、石垣市は、児童扶養手当を受給する母子家庭の割合が一般家庭の約40%あり、全国平均の約20%よりかなり高い(2009年度)。両親が共働きの家庭も多い。こうした要因が重なって、親が仕事で家を空ける時間が増え、子どもたちへの目が行き届かないことが、家庭学習に影響していると考えられる。

 

競争相手が見えない

  石垣島には高等教育機関がないため、進学するには島を出なければならない。大学受験は島の子にとって大きな壁だ。

  「島外との学力差で傷つくのは子どもたち自身だ」。石垣島で進学塾を経営する男性は、大学受験で島外の受験生との学力差に打ちのめされ、自信を失う子どもたちの姿を見てきた。そうさせないためにも、島の子どもたちの学力を向上させなければならないと意気込む。

  島の県立高校で進学志望の生徒を指導する先生は、「競争相手が見えないことが、島での受験の一番の問題。生徒にいかに刺激を与えられるか、それに尽きます」と話した。別の先生は、生徒の受験勉強などへの取りかかりの遅さを指摘した。この背景にも、島外での受験や就職活動の状況が伝わりにくいことがあると考えられる。

 

やる気を引き出す

  石垣市の児童・生徒の学力について、石垣市教育委員会はどう考えているのだろうか。

  石垣市教育委員会・学校指導課の石垣史昭さんによれば、市では今年5月から、小2~中3を対象にした標準学力調査を行い、子どもたちがどこで、つまずいているのかを調査・分析して、地区ごとに的確に弱点単元を克服していく取り組みを始めているという。石垣さんは市の教育方針について、次のように語った。

  「島民の『なんくるないさ』という気質は絶対に変わらないし、それは石垣の人の良さでもあります。学力テストのような数値におどらされて本質を見失わないようにしつつ、子どもたちには最低限のことは身につけさせる責任があると思っています」

  島の人の気質を理解しつつ、子どもたちのやる気を引き出していくにはどうしたらいいか。元気よく駆け回る子どもたちを横目に、石垣島の教育者たちの奮闘は続く。

 

 取材を終えて

  取材をするなかで、石垣島の人が言葉にせずとも共有しているものを感じていた。「勉強ができなくても、生きていければそれでいいさ」。東京で生まれ育ち、大学受験に就職活動にと、敷かれたレールの上の競争に必死だった私にとって、石垣の人々の持つ価値観は新鮮だった。

  島の高校生と話したとき、彼女たちが具体的な将来の目標を思い描き、あくまでもそのための手段として大学進学を考えていたことが印象深かった。離島からの大学進学は家庭の経済的負担がとても大きいため、進路選択で親を気遣う生徒も多いという。沖縄本島出身のある先生は、進路について自分たちで色々考えて計画している生徒が多い、と話し、「自分が同じ年の頃には、そこまで考えられていなかったと思う」と付け加えた。石垣島の子どもたちは、テストの点数では測れないことを、ここでたくさん学んでいるのだろう。

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※この記事は、八重山毎日新聞のインターンシップで取り組んだ取材をもとに作成しました。

 

リンク :

日本最南端の新聞社:八重山毎日新聞オンライン

http://www.y-mainichi.co.jp/

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