東京都新宿区戸塚町「ヘアーサロン ホソカワ」外観

早大生に愛された理髪店、45年の幕を閉じる

2009年の夏、1軒の理髪店が店を閉じた。早稲田大学南門前で45年間、学生たちの髪を切ってきた「ヘアーサロン ホソカワ」だ。7月30日、長い間親しまれた店とその閉店を惜しむ学生たちやOBの1日を追った。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 早大生に愛された理髪店、45年の幕を閉じる
Share on Facebook
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip

 

団長さんから最後の挨拶

閉店時刻の午後7時前、学ラン姿の背の高い学生が店のドアを開けた。店員の城石津佐子さん(61)が「あらー、団長さん」とうれしそうに声をあげた。早稲田大学応援部主将で教育学部4年の山本遼太郎さん(23)だ。入り口で一礼した山本さんは、「お世話になりました」と言って城石さんと渡部ちづ子さん(45)に色紙を手渡した。

応援部団长?山本辽太郎さんから色纸を赠られる城石津佐子さん(右)と渡部ちづ子さ

「『ホソカワ』は我々の心の中で永遠に続きます」。色紙は応援部員の思いが込められた言葉で埋まっていた。寄せ書きに目をやった瞬間、それまでいつもと変わらず明るく接客していた城石さんと渡部さんの表情に初めて寂しさが漂った。

 

開業は東京五輪の年

南門の斜め向かいにある古い理髪店の窓には、春には卒入学を祝うポスターが、オリンピックや六大学野球などで早大生が好成績をあげたときにはお祝いの言葉が張ってあった。早稲田大学に関連した行事があるとお祝いムードに包まれる、南門通り商店会の約40の店のひとつだ。

理髪店「ヘアーサロン ホソカワ」は1964(昭和39)年、東京オリンピックの年に開業した。2005年に初代店主が80歳になったのを機に引退した後も、当時働いていた城石さんが店を引き継ぎ、同僚だった渡部さんと2人で営業を続けてきた。しかし、賃貸で借りていた店舗の持ち主の意向で、同じ場所で営業を続けることができなくなり、今回閉店することになった。
料金は顔剃り付きの総合カットが3千円、シャンプーの付いたカットオンリーが1800円。学生たちにぜいたくはさせない。「今日は総合カットにして」と注文しても、城石さんは「だめよ、総合カットは働いてからにしなさい」とたしなめてきた。「昔はおどおどして店に入ってくる新入生がいたけれど、最近の学生さんは平気。世間慣れした人が多いみたい」。ホソカワで髪を切って約18年になる城石さんが見る、学生たちの変化だ。

 

応援部御用達

最終日のこの日、午後3時以降は予約でいっぱいになった。予約なしでやってきたお客に「ごめんなさい」「最後に会えてよかった」「またどこかで会いましょう」と言葉を交わし、握手した。「長い間お疲れ様でした」とねぎらいの言葉をかけ、残念そうに帰る人、お世話になったお礼に、とお菓子だけ置いていくお客もいた。「最終日に行きたかったけど、行けなくなった」というお客からの電話には、散髪の手を休めて、2人が交互に電話口に出た。「次のお店が決まったら連絡して」と名刺を置いていく人、住所を書いて渡す人もいた。

 

待合席に早稲田大学応援部の部員が並んで座っていた。
応援部には大学4年間、ホソカワに通う部員が多い。入学後、1年生が上級生に連れられて来るのが恒例だ。卒業式の日には部員だけでなく保護者が挨拶に訪れることも少なくない。応援部の髪型は1、2年生が角刈り、3年生になるとアイロンパーマでオールバックと決まっている。部員で政治経済学部4年の山内耕平さん(23)も入学以来ホソカワに毎月通ってきた1人だ。「かわいがっていただいたので、お二方にお会いできなくなるのが残念。卒業後も通うつもりだったのに」と話す。

 

上級生と下級生をつないできた

この春、山内さんはお店に1万円を置いた。「1年生が来たら、これで払ってやってください」。上下関係の厳しい応援部では、1年生は4年生と直接話をすることは許されない。山内さんが1年生のとき、ホソカワに散髪に行くと、4年生が支払いのお金を預けてくれていた。「話はできないけれど、ちゃんと自分のことを見てくれているんだ」とうれしく思い、厳しい練習も頑張れた。上級生が置いていったお金は封筒に入っていて、下級生は名前とお礼をその封筒に書く。ホソカワは、会話のできない応援部の1年生と4年生とをつなぐ場所でもあった。主将の山本さんは、入部の日に上級生に連れられて来店し、角刈りにしてもらった。「不安な気持ちの新入生に『みんな一緒で不安だったのよ』と声を掛けてくれたお店でした。寂しいです」。副主将で教育学部4年の中村光一さん(21)は、入学前は髪を長くしていた。だがホソカワで「短い方がかっこいいのよ」と言われて初めて髪を短くし、入部を決意したと言う。「店内の応援部のポスターを見て、4年後こうなれたらいいな、と思った」と振り返る。

「ヘアーサロン ホソカワ」店内/仕事中の城石津佐子さん(奥)と渡部ちづ子さん

  常連の早大生の中には伝統的なクラブの一つ、早稲田精神昂揚会の会員もいる。昂揚会は今年で47回目となった早稲田名物「100キロハイク」を主催している。その際、髪をWの字に刈りあげる「Wカット」はホソカワのオリジナルだ。同会幹事長で政治経済学部3年の岡野宗俊さん(23)は「Wだけならどこでもカットできるかもしれないけれど、ホソカワでは文字も入れてくれる。頭の後ろの見事な校章を見たときには、『こんなこともできるんだ』と思った。来年以降も、100キロハイクのときだけカットしてもらう、デリバリーWカットを考えています」と話した。

 

身の回りや趣味から恋の話まで

学生だけでなく、早大OBのお客も少なくなかった。数日前には、在学中から通っていたという会社員の男性が閉店間際に現れて「お二人のために校歌を歌います」と言って、涙を流しながら「都の西北……」と歌った。会社員の笹田大樹さん(32)も、大学、大学院、そして卒業後も毎月ホソカワに通った1人だ。「温かいお店で、会話が途切れない。ホソカワでは、ついつい何でも話した。話すのも楽しみで通っていました」
この店のなかで、髪を切る城石さんや渡部さんと髪を切ってもらう学生たちとの間で、身の回りや趣味の話、教授へのお礼の相談から恋の悩みまで、様々な話が交わされてきた。

 

最後のお客は14歳

最後のお客さんは、近所に住む津金侑くん(14)だった。お兄さんの徹くん(16)と一緒にあいさつに来た。「せっかくだから」と渡部さんが侑君の髪をシャンプーしてあげた。「さらっと終わるかと思っていたのに」「兄弟に泣かされちゃったなあ」と2人は笑う。

城石さんは「床屋としての職人冥利に尽きます。早稲田の町は楽しくていい町だった。感激、感動をいっぱいもらいました」と話した。渡部さんは「最初は学生、学校関係者のお客さんの多さにびっくりしたけど、楽しかった。角刈りなど短いヘアスタイルはごまかしが効かない。理容師としての技術を試されているような気持ちでした」と振り返った。

                                    

 

※この記事は、2009年前期のJ-School講義「ニューズルームE」において作製しました。

合わせて読みたい

  1. 早稲田大学生協「焼き立てパン」の舞台裏
  2. エコとアートの結びつき―空き缶アート「よいち座」
  3. シーサイド大西と豊島の三十年
  4. 学生がカフェ経営 「ぐぅ」な試みで地域貢献
  5. 豊島 棚田再生に奮闘中