研究進むがんの抗体医薬品——期待できるがんの狙い撃ち

 異物を排除する生体の防御機能の中心的役割を担うのが「抗体」である。その抗体をがん治療に使う「抗体医薬品」研究の最前線を、東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授が、10月3〜5日、横浜市のパシフィコ横浜で開催された第66回日本癌学会学術総会で発表した。がん細胞にくっつく抗体の開発がシステム化されて効率が飛躍的に上がり、新たな臨床試験もスタートするという。

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東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授  抗体は、人体内に入ってきた細菌などの異物にくっつき、それを攻撃して体内から除去するもので、異物の侵入により体内で自然に作られる。例えば、風邪のウイルスが体内に入ると、対抗する抗体が作られ、ウイルスを除去する仕組みになっている。  

 がんの抗体医薬品では、抗体のこの性質を応用する。がん細胞を狙い撃ちする抗体を人工的に開発して体内に注入し、治療に役立てる。 重要なのは、抗体ががん細胞を見つけて結合する精度をできるだけ高めることだ。仮にこの情報が曖昧だと、異物でないもの、つまり人体の正常細胞まで攻撃することになる。薬の副作用だ。  

 がん細胞の表面(細胞膜)には、個々のがんにそれぞれ特異的な膜たんぱく質があり、これが抗体の標的になる。児玉教授らは、様々ながん細胞の膜たんぱく質をデータベース化することで、これを元に、それぞれの膜たんぱくを精度よく認識する抗体を効率よく作製することに成功した。既にいくつかは企業で製品化に向けた開発が進められており、肝がんの膜たんぱく質である「グリピカン3」に対する抗体は、近々中外製薬により臨床試験が始められる。  

 児玉教授らの研究で、抗体の新しい側面が分かってきた。これまで抗体は、異物にくっつき攻撃するものと理解されてきたが、異物にくっつくだけで攻撃しない抗体も存在するのである。このタイプの抗体の場合、がん細胞を殺せる放射性物質をくっつけて体内に入れることで、放射線でがん細胞を退治することができる。がん細胞を認識する抗体の精度が高ければ、放射線が他の正常細胞を攻撃することもない。さらに、抗体の分子を小さくし、がん細胞にくっつくまでの時間や体内を回って排出されるまでの時間を短くすることで、放射線の副作用を少なくすることが可能となる。  

 抗体の「異物にくっつく」性質と「異物を除去する」性質を分けてとらえる考え方が、世界的には主流になってきていると児玉教授は言う。しかし、「日本では、異物にくっつくだけでなく除去して初めて抗体だという旧来の考え方が主流を占め、新しい抗体開発方法に理解を示さない人が少なくない」と児玉教授は手厳しい。確かにシンポジウムで質問に立つ人が、古い考え方で質問をするので、発表内容とかみ合わない点が多々見られた。  

 副作用の少ない抗体医薬品に対するがん患者の期待は高い。抗体の新たなとらえ方が日本でも広まり、開発が加速することが望まれる。

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