“WASEDA BEAR“女性版が制作されるまで・・・
早稲田大学法学学術院 弓削尚子教授
早稲田大学 経営企画課担当理事 大野高裕教授
“WASEDA BEAR” 女性版作者 漫画家 弘兼憲史さん
早大生は”WASEDA BEAR” 女性版をこう思う
「ご意見をお寄せください」
“WASEDA BEAR“女性版が制作されるまで・・・
従来の“WASEDA BEAR”は、早稲田大学の創立125周年(2007年)を記念してつくられた。「新生ワセダ」を広くアピールできるように、あらゆる世代に親しみと愛着を持たれるマスコットキャラクターの制定を目指し、大学の校友を中心に漫画家やデザイナーの方々にコンペティションを呼びかけた。その結果、2000年に、早稲田大学OBで漫画家の弘兼憲史さんの作品が選ばれた。創設者である大隈重信にちなんで“熊(クマ)”をモチーフにしたマスコットは、親しみやすく、大学のギフトショップでも各種のぬいぐるみが販売されている。
大学側の説明によると、“WASEDA BEAR”の女性版の企画は、創立150周年(2032年)に向けた早稲田大学の中長期計画「WASEDA VISION 150」のアイデアを学生から大学に提案してもらう「STUDENT COMPETITON」のなかから生まれた。2012年度の第1回コンペティションで、女子学生グループが「早稲女(わせじょ)ベア」を提案。審査では決勝大会に進まなかったが、このアイデアに大学総長室経営企画課が注目した。
総長室経営企画課は「確かに、男女いて当たり前のことなのだから」「女性ベアがいた方がより楽しくなるし、みんなも喜ぶのではないだろうか?」と考えた。同大学の学生・校友が在学中から卒業後も早稲田への一体感や愛校心を持ち続けてもらうための方策の検討、実行を目的とする『早稲田らしさと誇りの探求』プロジェクトの一環として女性版を採用することにした。2014年3月に“WASEDA BEAR”を制作者である漫画家の弘兼憲史さんに再度依頼をし、同年5月に原画を受領した。
従来の“WASEDA BEAR“は茶色い色をし、学士帽、黒いガウンで、杖をついている。それに対し、新しく作られた“WASEDA BEAR” の女性版は灰色だ。リボンをつけた学士帽、赤いガウンで手を胸のところで合わせている。
“WASEDA BEAR”の女性版は、同大学の週刊広報紙” 早稲田ウィークリー”に2014年7月21日に掲載され、学内で新しいマスコットキャラクターとして名前が募集された。約300件の応募があった。
これに対し、同年8月に同大学の男女共同参画企画推進室の弓削尚子教授らが、「男性・女性と分けたマスコットキャラクターは、性的にマイノリティーの人々への差別を助長することになる」「ピンクのリボンや合わせた手は早稲田大学の女性のイメージなのですか?」といった反対の意見や懐疑的な意見を、総長室経営企画課が担当するWASEDA VISION 150の事務局に連絡した。総長室経営企画課は、反対意見に配慮し、“WASEDA BEAR”の女性版を公式キャラクターとして出すことを保留した。
Spork!記者は、”WASEDA BEAR”女性版について、早稲田大学法学学術院でジェンダー論を専門としている弓削尚子教授、同大学総長室経営企画課で担当理事をしている大野高裕教授、”WASEDA BEAR”女性版の製作者である弘兼憲史さん、そして早大生たちにインタビューをおこない、それぞれの意見を聞いた。順に紹介する。
早稲田大学法学学術院 弓削尚子教授
性別のニ元制を見直す時代に
今の時代は、性別の二元制を見直す時代にきていると思います。例えば、私は子供が二人いるのですが、母子手帳を見ていて、あらためて性別とは何かを考えざるを得ませんでした。医者や助産師さんがとりあげて出生時に男子か女子かを記録する欄があるのですが、そこには、「男」「女」だけでなく「不明」というのがあるのです。もちろん、役所に出生届を出すときには、男性か女性かを書かなければならないです。しかし、母子健康手帳は厚生労働省が担当しているのですけれど医学的にはここはちょっと保留しておきたいっていうスタンスがあるのですね。医学上はそういった人達をフォローしていかなければならないのではないかと思います。ただ、法律の身分登録的なものは男女でとりあえず登録させてほしい、という医学と法律のズレが母子健康手帳ではっきりとわかります。
海外に目を向けると、ドイツでは2013年に身分登録法が改正され、出生届に「M(男性)」「F(女性)」に加えて「X(不明)」が設けられました。オーストラリアでは、その前からパスポートの性別表示に「X」が加えられています。インターセクシュアルのような性別の判別が難しい人ばかりでなく、LGBTのように、旧来型の男、女っていうくくりに対して違和感を持っている人達に、近年、関心が寄せられています。そういった人達に配慮しようよ、という流れのなかで、教育機関である大学が、男と女ですっていうことを示すっていうのは相当覚悟してやらないといけないのではないかと思います。
“WASEDA BEAR” 女性版 の表象はステレオタイプ
色々な女性がいるのにも関わらず、ピンクのリボンが帽子と靴についていて、両手を合わせてお願いポーズをする。それはステレオタイプに他ならないですよね。早稲田大学はこういう女性を育てるつもりですね、と受け止められてしまうのですよ。
”WASEDA BEAR”女性版は早稲田らしさの誇りの探究プロジェクトの一貫だそうです。早稲田らしさの誇りっていうのは十分な議論もなく上から作られるものなのでしょうか。例えば会社なら、会社なりのそういったイメージのPR戦略があると思うのです。しかし、多様性とか障害とかそういうことを受け入れる人間として学生を社会に送り出すような大学でそういうことをして良いのか、このことをきちんと考えているのか。相当考えなおしたほうが良いのではないでしょうか。これは本当にストップしなければならないと思います。
早稲田大学 経営企画課担当理事 大野高裕教授
“WASEDA BEAR”女性版ができた経緯
元々 “WASEDA BEAR”が男性なのか女性なのかという明確な議論はなかったと思います。でも、大隈重信がモデルですから、今考えれば暗黙のうちに男性という認識だったかと思います。早稲田大学はもともと男性が非常に多い大学だったけれども、今は三分の一以上が女子学生になっています。そこで、早稲田の女子学生の存在を意識してという意味でシンボリックなものが欲しいという趣旨の提案が「WASEDA VISION 150 STUDENT COMPETITON」で女子学生グループからあり、これを大学側が採用したという経緯であると捉えています。男性女性がいることは当たり前なのだから、という意味合いで女性版を作ろうということになりました。
学生が提案した時は、デザインではなくてコンセプトだけの提案でした。女性ベアがいた方がより楽しくなりますし、みんなも喜ぶのではないだろうか、というスタンスだったのではないかと理解しています。そのコンセプトに基づいて弘兼憲史さんに「こういうことで女性版是非欲しいと言っているのですがお受けしてもらえませんか?」「わかりました!」ということで快諾してくださり、2014年7月に発表したようなものを作っていただきました。
大切なダイバーシティ 賛否に折り合いを・・・
今回のような問題では、異議を唱える人の意見に対して、「そうかなあ?」と言うことがためらわれることもあるでしょう。やはり、お互いにそれぞれの立場を理解し合えて、両方が折り合うところをうまく見つけるということが大切ですね。どちらかを押さえつけるのはやはり望ましくない。ダイバーシティということを考えた時には、誰かだけが我慢しているというのは避けるべきだと思います。
このまま「反対意見が出たから取り下げる」というやり方もあるかもしれません。しかし、そうなると”WASEDA BEAR”女性版を欲しかった人たちが押さえつけられてしまうという気がします。逆に”WASEDA BEAR”女性版が出ることによって、嫌だなと思った人たちが一方的に我慢するというのも、これも決して健全な状態ではありません。やはりお互いの主張というものをお互いが出し合うべきです。人間は同じ価値観を持てるとは限らないわけですから。そういうところを話し合ってお互いを大切にすることがダイバーシティを大切にする早稲田大学にとって大事なことだと考えています。
“WASEDA BEAR” 女性版作者 漫画家 弘兼憲史さん
ミッキーマウスとミニーマウスのように
「女性版」作成の依頼は早稲田大学側からありました。ミッキーマウスにはミニーマウスがいて、サンリオの「リトルツインスター」には、キキとララがいるように、”WASEDA BEAR”にも、男女というより、いつも隣にいる友達のような存在があってもいいだろうと思って引き受けました。
漫画のキャラクターを作る際には、それぞれの外見をデフォルメして作成しています。力強いキャラクター、か弱いキャラクターなどいろいろありますが、見た目の印象でどんな人物か読者にわかるように造形するのは漫画の力であります。
釈然としないお蔵入り
「女性版」には、「男性版」にはない魅力を吹き込みたいと思って造形しました。そこで、口もとはにっこりさせて、全体の印象として、やわらかいムードにすることにしたのです。作者としては、「男性版」「女性版」ともに分け隔てなく、どちらも全く同じように愛情を込めて造形しました。どちらも私にとっては大切な子供のような存在と思っています。それなのに、そのうちの一体だけが、釈然としない理由でお蔵入りしてしまうのは、とてもやりきれない思いでいます。
キャラクターの「女性版」を差別的だと考える人がどれくらいいるのでしょうか。少数意見が多数意見を押し切るのは、どうしても納得がいきません。
早大生は”WASEDA BEAR” 女性版をこう思う
“WASEDA BEAR”女性版について、早大生6人(男性2人、女性4人)の意見を紹介する(50音順)。
社会科学部5年生 岩田恵実さん
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
灰色なのが想定外。合掌には意味があるの?もうちょっとシンプルにした方が良い気がします。
ージェンダー的な視座で”WASEDA BEAR” 女性版を見るとしたらどう思いますか?
ジェンダー的には問題があるとは思うのですが、ジェンダーと言われなければ問題が無いとしてやりすごしてしまう。あからさまに、女はこうあるべきだと言われたらカチンときてしまうのですが、全てにいちゃもんつけなくてもいいかなと思っているところもあって。でもたしかに赤いガウンは無理やり女性っぽくしている感じはします。
国際教養学部2年 片川万里奈さん
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
なんかおばあちゃんみたい。でも目もぱっちりしているし、リボンとか可愛いと思う。手のポーズは何か意味があるのですか?色がねずみ色じゃなくて、白だったらもっと可愛いかもしれない。
ージェンダー的な視座で”WASEDA BEAR” 女性版を見るとしたらどう思いますか?
ジェンダー的に問題があると思わなかったですね。イメージを押しつけるとかも思わなかった。違和感がなかった。
政治経済学部3年 櫻井慶佑さん
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
まつげはいらないと思う。可愛くないじゃないですか。まつ毛や眉毛があるので熊でも人間みたい。リボンも耳につけた方が良い。
ージェンダー論的な視座で見るとしたら、どう思いますか?
ジェンダー的には問題ないと思います。女性版自体は作っても良いと思う。従来の早稲田ベアが男じゃないって誰も思わないじゃないですか。
法学部3年生 村川夏実さん
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
ちょっと怖い感じがします。”WASEDA BEAR”がふぬけな感じがするのに対して”WASEDA BEAR”女性版は目力が強いと思いました。
ージェンダー的な視座で”WASEDA BEAR” 女性版を見るとしたらどう思いますか?
男女を差別しようという気持ちがあると差別になると思うのですが、そうでなければ問題無いと思います。トイレの男性・女性の色もそうだけれども、パッと見たときに女性と男性とわかるものは良いと思います。
教育学部5年 山口龍平さん
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
可愛くないですよね。でも、マスコットに対して可愛さを求めているわけではないので、悪くはないとは思います。
ージェンダー的な視座で”WASEDA BEAR” 女性版を見るとしたらどう思いますか?
普段こういうことに対して思っているのは、日本はこういうことに対してうるさすぎる。人に枠をあてはめることはいけないけれど、性別という概念は存在している。
大学院政治学研究科修士3年 劉苡霜さん(ジェンダー問題を研究中)
ー”WASEDA BEAR” 女性版をパッと見てどう思いますか?
“WASEDA BEAR” と”WASEDA BEAR” 女性版は同じ熊というフォルムなのに全然違う。男性のベアは冷静でまじめで学問をしていて心が強いイメージを持ちました。一方で、女性はリボンをつけていて「お願いします」というポーズをとり柔軟なイメージを持ちました。
ージェンダー的な視座で”WASEDA BEAR” 女性版を見るとしたらどう思いますか?
男は外で女は家の中って感じがして違和感があります。これは男性、これは女性って分けていることに問題があると感じました。ジェンダーを意識している人だったら、ぱっとみてステレオタイプって思う。
「意見をお寄せください」
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