果てなきアスベスト問題(1)

 アスベスト問題が社会的に知れ渡るよりもはるか以前から、この問題に取り組み続けきた研究者がいる。早稲田大学理工学部の村山武彦教授だ。アスベスト問題の現状と予測、報道に対する見方、リスクの考え方とは?。そして教授自身のこれまでの研究のきっかけも含めてじっくりと話を聞いた。

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発症後、2年生存は3割

 2000年から2039年の40年間での死者は約10万3000人。10年間の平均をとってみると、約2万5000人。1990年から99年の10年間の悪性中皮腫による死亡者数2088人の約12倍にもなる。村山教授は、こんな衝撃的な予測を4年前に発表したことで、関係者に波紋を呼んだことで知られる。 悪性中皮腫は、肺がんと並ぶ、アスベストが引き起こす代表的な病気だ。「悪性中皮腫の場合、約8割の原因がアスベストによる職業上の影響といわれています」と村山教授は強調する。

 建築物の解体現場や、アスベスト製造工場から出された繊維状のアスベストが空気中を舞い、呼吸により人体に入ってくる。このアスベストが、肺を取り囲む胸膜などに腫瘍をもたらす。村山教授によれば、悪性中皮腫はアスベストが体内に取り込まれた後、40年程度経ってからようやく発症する。ところがいったん発症すると、病気の進行は速い。「発症後、2年間生存することができる人は、約3割ぐらいです」  アスベストによる被害者救済のために2006年3月、「アスベスト被害救済法」が施行された。同法により、時効で労災補償の対象から外れたアスベスト被害認定患者に、医療費や療養手当などの給付金が支払われることになった。だが、被害者認定のために、判定委員会による審査が必要な場合がある。7月の初めて行われた判定委員会では、救済を申請していた患者のうち、80人がアスベスト由来の病気であるかどうかの審査対象となった。だが、そのうちの14人は、国の判定を待っている間に帰らぬ人となっていた。  

 この事態を受け、環境省は「今後は月に2回判定委員会を開いて、迅速に対応をする」(炭谷茂事務次官)と発表。だが、村山教授の先ほどの予測通り、今後より多くの患者が現れることが予想される。判定委員会には、判定の質を保ちながら人員を増やすなど、判定の迅速化が一層必要となる。患者にとって、残された命の時間は、なによりも貴重な時間である。

終息させてはいけない

 昨今、顕在化したアスベスト問題。2005年、朝日放送が放映したドキュメンタリー番組「テレメンタリー 終わりなき葬列」が世論を喚起した。番組では、クボタの尼崎工場からまき散らされたアスベストが、社員でもない地域住民に中皮腫などの病をもたらしたのではないかと指摘。固有名詞は出さなかったものの、クボタの広報が取材を受け、責任があることを示唆した。他のメディアもクボタ尼崎工場を大きく取り上げ、一気に社会問題化した。  

 長年アスベスト問題に取り組んでいる村山教授は、アスベスト問題が社会で大きく取りあげられている期間も、ほぼまったく取りあげられていない期間も経験してきている。そうした視点から、「日本の報道は、(あるひとつの問題に対して)動かないときにはほとんど動かないが、動くときには極端に動く」と分析する。実際に、村山教授が調べた、ある大手新聞社のアスベスト関連記事の経年別頻度グラフを見せてもらうと、2004年まではほぼゼロに近かった記事数が、2005年に一気に900を超えていた。 村山教授は報道に関してある種の不安を抱いている。それは、「このまま、問題を終息させてはいけない」という危惧だ。村山教授は、アスベスト問題の特徴を「現場がない問題」と表現する。クボタの尼崎工場など、被害の発生源は特定される場合もあるものの、「吹き付け材によってここで被害が出たという現場がないんです。症状が出るまでに長い時間がかかるのも、現場がないことの要因です」。 昨今の過熱気味のアスベスト報道に対して、違和感を抱くものの一方で、報道が取り上げないと世論が関心は薄れていき、被害者救済に不利な状況となる。ジレンマは続く。

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