所千晴さん

あなたのケータイに眠る資源を回収する

 資源が乏しい日本において、資源をいかにして有効に利用していくかは重要な課題である。本稿では現代の産業に欠かせない「レアメタル」のリサイクル技術にスポットを当てる。レアメタルという言葉を聞いたことはあるが、詳しく知らないという人も少なくないだろう。レアメタルはどのような資源なのか、また、レアメタルのリサイクル技術とはどのようなものか。電子基板のレアメタルリサイクルにおける破砕技術の研究を行う早稲田大学創造理工学部環境資源工学科の所千晴教授にお話を伺った。

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 「産業のビタミン」レアメタル

  そもそもレアメタルとは何なのか。レアメタルは「メタル」と名前についているように金属資源の1種だ。金属資源は大きく2つに区分できる。1つはベースメタルである。これは古くから利用され埋蔵量も多い金属のことで鉄、銅、亜鉛などの金属を指す。ベースメタル以外の金属をレアメタルと呼ぶ。地球上に存在が稀な(レア)金属はもちろん、技術的に抽出が困難で抽出できるとしても経済的に採算がとれないような金属もレアメタルに含まれる。

 レアメタル

1. レアメタルが使用されている主な製品とその鉱種 (提供 所教授)

 ベースメタルと少量のレアメタルを組み合わせることで、電子機器部品の性能を向上させられることから、レアメタルは「産業のビタミン」と呼ばれている。レアメタルはパソコンや携帯電話、次世代自動車などの部品に利用され、小型化、省エネ化の実現をもたらしており、現在のハイテク産業に不可欠な金属だ(1)

 しかし、レアメタルには大きな問題点があるという。1つはレアメタルの地域遍在性だ。レアメタルは特定の地域に遍在しており、時として政治のカードとして利用されることがあるという。2010年に中国がレアメタルの輸出を規制し、大きな混乱を招いたという事例もある。また、中国、インドなどの経済成長とともにレアメタルの需要は高まり、価格が高騰しているという問題もある。そのため、レアメタルは供給が不安定な資源といえる。レアメタルの安定供給に向けて、政府は「レアメタル確保戦略」を策定した。その中の1つが「レアメタルリサイクル技術」の開発だ。

電子基板からレアメタルを剥がす「ドラム型衝撃破砕機」

 古くから金属は自然に存在している鉱山から抽出し、利用されてきた。鉱山から得られた鉱石には目的の金属以外の金属も含まれているため、それらを取り除き、目的の金属のみを集める濃縮という処理を行う。そして熱や薬品を用いて製錬し、濃度がほぼ100%の塊(インゴット)を作る。この金属のインゴットを作るプロセスを鉱石からではなく製品から行うのが金属リサイクルだ(2)。しかし、製品は人工物であり自然の鉱石とは性質が異なるため、リサイクルを行うにはリサイクル用の新たなプロセスを作り上げる必要がある。特に、人工物と鉱石とでは中に含まれる物質が異なっており、製錬の際に入ってはいけない物質も含まれているため、新たな分離・濃縮プロセスの開発が重要だ。基板には多くのベースメタルや貴金属が含まれており、それらをリサイクルするプロセスは既に開発され、実用化されている。しかし、基板に含まれるレアメタルをリサイクルするプロセスは開発されていない。所教授は現在、この基板上のレアメタル、特に小型コンデンサに含まれるタンタルというレアメタルのリサイクル技術の開発・研究を行っている。

 

 資源開発フロー

2. 資源開発フロー

素材として消費された製品から目的金属を分離濃縮(選鉱)し金属をリサイクルする。 (提供 所教授)

 

 タンタルは基板上のタンタルコンデンサという部品に遍在している。既存の濃縮過程では基板を細かくバラバラに砕く方法を用いているが、この方法では基板上に1%程度しか存在しないタンタルだけを集めることは難しい。そのため、タンタルをリサイクルするには基板からタンタルコンデンサのみを独立して取り除く工程が必要不可欠だ。人の手でひとつひとつ取り除く方法も可能だが、人件費がかさむため現実的ではない。機械的にタンタルを取り除く方法を開発しなければならない。

 基板からタンタルを取り除く方法として有効な手法は、「ドラム型衝撃破砕機(図3)」を用いる方法だ。ドラム型衝撃破砕機は容器の下に撹拌翼と呼ばれる回転する羽のようなものを取り付けた機械だ。高速で回る洗濯機を想像してもらうとわかりやすい。この破砕機の中に基板を入れ、羽を回転させると基板は容器の壁や羽根に衝突したり、基板同士が衝突したりする。「この手法の利点は、衝突によって基板上に接着する力の弱い部分が剥がれることです。基板で一番弱いところははんだ付けで接着している部分ですから、基板を壊すことなくタンタルコンデンサを分離することができます。」と所教授は話す。

 ドラム型

3. ドラム型衝撃破砕機(チェーン型)の様子(図左)とその概略図(図右)

(提供 所教授)

 

シミュレーションで基板の動きを再現

 この粉砕機の中で起きている現象をシミュレーションによって解析するのが所教授の研究だ。シミュレーションには粉体工学を応用した手法を用いている。この手法は、基板や基板についた部品を粒子として設定し、その粒子一つ一つの運動方程式を解くことによって、動きを再現するものだ。 

 従来のシミュレーションでは粒子は球体であり、詳細な動きを再現することはできなかったが、所教授は粒子同士を繋ぎ合わせることによって平板な基板を再現し、より実際に近い動きを再現できるシミュレーション手法を開発した(図4)。部品の密度や硬さ、摩擦係数などのパラメータを設定すると、ドラム内での基板や部品の動きを詳細に再現できる。ドラムの中で基板や部品がどのような動きをして、それらが何回、どこにぶつかったかなどの情報を得ることができるという。ドラムの角度や回転数などを変化させ、シミュレーションを行うことで最適な条件を導き出せる。例えば、撹拌翼ではなくチェーンを回転する装置の方が効果的に部品を剥離することがシミュレーションを通じて明らかになった(5)

4. 基板モデルを用いたシミュレーション

基板を粒子(緑色)の集合体として定義することでより実測に近いシミュレーションが実現できる。赤い粒子はタンタルコンデンサ。 (提供 所教授)

 実験結果とシミュレーション

5. 基板からの部品剥離率と回転速度との関係

実験結果()とシミュレーション結果()が良い一致を示していることがわかる。 (提供 所教授)

  現在の研究課題はシミュレーションと実際の結果との誤差を小さくすることだ。所教授は「今までは弱い力が何度も加わることによる剥離や衝突によって生じる基板の変形など科学的に捉えきれていない事象を考慮していませんでした。今後こういった条件を加えたシミュレーションに挑んでいきたいと考えています。」と今後の研究課題を説明する

レアメタルリサイクル実用化の課題、研究のこれから

 「研究は進めるたびに新たな課題が見つかるものなので、研究に終わりはない」と所教授は話す。一方で、ドラム型の破砕機を用いた濃縮プロセスは2014年にテストプラントが建設され、実用化段階に入ってきている。実用化に向けた今後の課題は破砕機の運用面であるという。「リサイクルの難しいところは形も年代もバラバラのものを処理しなければならないところです。この基板には使えるが、新しい基板には使えない、という技術では実用化は難しいです。ただ、私たちの研究を用いれば経験的な知識がなくてもある程度最適な条件を導けるので、その結果を踏まえて私たち大学研究者側からアドバイスできるところはあると思います。」

 運用面以外にも、レアメタルリサイクル全体のプロセスを実用化するには解決するべき課題はあるという。「回収したものをリサイクルする工程は実用化段階に入っていますが、そもそも小型家電を回収することが難しいと思います。使わなくなった携帯をタンスの中に入れている人もたくさんいます。こういった外に出てこない廃棄物をどうやって集めてくるかはこれからの課題になると思います。また、回収、分離プロセスをどのように経済的に成り立たせていくかも課題だと思います。」と所教授は話す。

 レアメタルリサイクルの技術と並行してレアメタルに依存しない材料や代替材料の開発も進んでいる。実際、企業努力によってレアメタルの含有量を減らしても性能が変わらない材料が開発されてきており、最新型の製品の方がひとつの部品に含まれるレアメタルの量は減ってきているという。となれば、レアメタル回収技術の持続可能性はあるのだろうか。「レアメタルは現在のところ需要が高いため価値が高いけれど、将来的には使う必要がなくなれば価値がなくなる可能性があります。そのため、レアメタル回収技術が必要なくなる可能性も大いにあります。けれど、破砕技術に関しては対象が変わっても必要な技術だと考えています。」

 今回紹介したレアメタルリサイクルの技術も、鉱山資源からインゴットを得るために開発された過去の技術を応用したものだ。「技術の開発、発展は一人の力では限界があります。だからこそ、脈々と続く歴史があります。まったく新しい技術のようにみえても背景には過去の研究があります。ただ、経済の原理に任せているとなくなってしまう技術というものが出てきてしまう。そういった技術を将来の人たちに繋げていくこと、『技術の伝承者』としての役割が大学教員にはあると考えています。」

 レアメタルリサイクルの実用化、また、まだ表出していない将来の社会的課題解決のため所教授の研究は続いていく。

この記事は2014年春学期「ニューズライティング入門(科学)」における取材をもとに作成しました。

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