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人々の記憶を継承する新しいメディア『デジタルアーカイブ』―情報アーキテクト・渡邉英徳さんに聞く

 東日本大震災以降、歴史や大災害の記憶のデータをいかに伝えるかということが非常に注目された。情報アーキテクトの渡邉英徳さんは「ナガサキアーカイブ」「ヒロシマアーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」等をGoogle Earthを使って構築し、情報を「多元的に」伝えるというデジタルアーカイブを制作している。時代と国境を越えて記憶を伝えるデジタルアーカイブの役割と他の既存メディアとの相互補完について、渡邉英徳さんにお話を伺った。

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 渡邉英徳さんプロフィール:1974年9月8日生まれ。情報アーキテクト。首都大学東京大学院システムデザイン研究科准教授、 株式会社フォトンスーパーバイザー兼取締役等を務める。「ナガサキアーカイブ」「ヒロシマアーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」等のデジタルアーカイブを制作。2013年11月に『データを紡いで社会につなぐ デジタルアーカイブのつくり方』 (講談社現代新書) を出版した。

 

  デジタルアーカイブとは

 ―デジタルアーカイブとは何でしょうか。

 僕のやっている仕事を一言でいうと、インターネット上には無数の写真や文字の資料があるわけですよね。それらはこれまで個別に見られていた。だからその一つ一つの資料の間にどんな繋がりがあるのかとか、あるいはこの全体としてどんな資料があるのかということを知る手段がなかったんです。僕らはそうした散在しているデータを一か所に集めて、Google Earthの上に載せることで、全体像を誰でも簡単に把握できるようにしたんです。

―制作した経緯についてお話頂けますか。

 最初は桜の開花の北上を見ることができる「さくらマッピング」など、インターネットでどんなコラボレーションができるかという実験の場としてGoogle Earthを使っていたんです。そしてGoogle Earthで他に何かできないかなと考えていた時に、ちょうどツバルの支援活動をしていらっしゃる写真家の遠藤秀一さんとお会いし、「ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト」というプロジェクトを始めました。これはGoogle Earth上でツバルの島々に住んでいる全員の顔写真と、話してくれたことばを読むことができるようになっています。一般的に「ツバルといえば地球温暖化」という風に考えられていますが、これを見ると本当は無数の名もなき方々の様々な意見があることがわかります。

 (ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト:http://tv.mapping.jp/

―その後に日本でもアーカイブを制作されたのですか。

 そうですね。ツバルのプロジェクトが2009年に発表され、文化庁メディア芸術祭で展示されたんですが、それを見た長崎出身の若者たちがこれは長崎に使えるんじゃないかと考えたことから「ナガサキアーカイブ」の制作がはじまりました。Google Earthに被爆した方々の顔写真がマッピングされており、クリックすると証言が見られます。そして、同じように広島の方が「ナガサキアーカイブ」をご覧になったことからメールのやり取りがはじまり、その翌年に「ヒロシマアーカイブ」をつくりました。どれも基本的な仕組みは同じです。実際に広島や長崎に行ってみないと分からないようなことも、Google Earthで見てみるとよくわかることがあります。「ヒロシマアーカイブ」には、被爆者の方々のインタビュー映像も掲載することができました。

(ナガサキ・アーカイブ:http://nagasaki.mapping.jp/p/nagasaki-archive.html

   

東日本大震災アーカイブの制作へ

―「ナガサキアーカイブ」と「ヒロシマアーカイブ」の制作の後に東日本大震災アーカイブを制作されたのですね。

 はい。「ヒロシマアーカイブ」の制作ミーティングが、実は2011311日だったんですね。ちょうど震災の日です。しばらく経ってから、「ナガサキアーカイブ」と「ヒロシマアーカイブ」の経験を生かして作り始めたのが東日本大震災アーカイブです。震災のアーカイブも、仕組みは一緒です。東日本沿岸に被災者の方々の証言が掲載されていて、あとは津波被害などの写真がその場所にぴったり重なるようになっています。

―東日本大震災アーカイブはどのように情報を収集したのでしょうか。

 今までのヒロシマ・アーカイブやナガサキ・アーカイブの資料は、地元の原爆資料館、あるいは書籍などをもとにして集めたものです。一方、東日本大震災アーカイブでは、Twitterなどを使い、協力をオンラインで募って集めていったものが多いです。使っている写真もNew York Timesなど、海外のWebサイトに載っていたものをハイパーリンクして使っています。

 証言資料は、元々は朝日新聞社が収集してきたものです。でも紙面では、一部ずつしか載っていなかったんですね。さっきも言ったように、全体像を見ることが難しい。そこでお話を進めて、Google Earth上に載せましょうという話になったわけです。

 

(東日本大震災アーカイブ:http://nagasaki.mapping.jp/p/japan-earthquake.html

―リアルタイムの生の声を使用するということですが、後から人々の意見が変わってしまうということはないでしょうか。

 朝日新聞社の証言については、一年後、二年後のものも集められています。同じ方の生活が、どんな風に変わっていったかということがわかります。今、二年目のデータの掲載について交渉しているところです。もしこれが実現すれば、例えば一人の方の証言を時間に沿って追っていくと、経過を追うことができますね。とはいえ、ご本人から取り下げてほしいという依頼があったら、すぐに消せる用意はしておかねばなりません。

 この設計、デザインにして正解だったと思うのは、大量に資料がマッピングされているなかのあくまで一つの証言なので、特定のものが取り上げられるということがあまりないことです。これだけ数があると、例えばどれか一つの証言を悪し様に取りあげようという気にはならないのではないでしょうか。どれかひとつが浮き立たず、すべてがフラットに表示されている。多元的な資料が一元的に、公平に示されるアーカイブになっています。

―「記憶のコミュニティ」とは何でしょうか。

 「ナガサキアーカイブ」と「ヒロシマアーカイブ」をつくった直後、ご高齢の被爆者の方々にお見せするときに、僕はとても緊張していました。皆さんにはおそらく馴染みのない、Google Earthのデジタルアーカイブを、果たして喜んでいただけるか心配だったんです。しかし、どのかたもアーカイブを褒めてくださいましたし、やさしくインタビューに応じてくださいました。おそらく、地元の若者たちも参加してプロジェクトが進んでいったからでしょう。地元の人たちを含む、世代を越えたつながりが生まれ、僕らの活動に共感してくれる人が増えました。僕はこの経験を踏まえて、世代を越えた記憶の継承活動を手助けできるようなコミュニティ・デザインができればと思っています。そして、このコンセプトを「記憶のコミュニティ」と呼んでいます。

 

  マス・メディアとソーシャル・メディアの相互補完

―既存のマス・メディアと新しいソーシャル・メディア、デジタルのメディアはどのように相互補完関係・協力関係を築くのが理想的だと思いますか。

 僕は新聞というメディアが好きなんです。新聞は、あれだけの広い紙面を活かして、レイアウトを工夫し、記事内容を丁寧に表現できます。でも、足で配らねばならない。一方、WEBニュースは個人で発信できるし、スピーディで拡がりやすいけれど、紙面と同じ面積はなく、きめこまかく伝えられない。そして、オフラインでは読めません。でも、ここまでに書いた長所と短所は、噛みあわせればよいと思います。例えば、Twitterで即時配信された情報をあつめ、新聞の紙面に掲載する。逆に、新聞で報じられたニュースの続報をTwitterで伝える。ユーザに許可を取る必要もありますが、ともかく、色んなやり方があります。ですから、マス・メディアとソーシャル・メディアは、反発しあうものではなく、相互補完しあうものだと考えています。

―マス・メディアの報道を分析することにも使えるのでしょうか。

 先日出版した講談社現代新書「データを紡いで社会につなぐ」にも登場しますが、NHK報道の空白域を可視化したコンテンツがあります。

 

NHK報道の空白域を示すマップ)

  地震発生から24時間以内に、NHK報道で触れられた場所を、時間軸で追うことができます。ここにウェザーニューズから提供されたソーシャル・メディア上の災害報告を重ねてみると、マス・メディアでは報道されなかった空白域を、ソーシャル・メディアが補完していることがわかります。このシステムは、ほぼリアルタイムで動かすことができますから、今後起きる災害のときに使うことができます。マス・メディアとソーシャル・メディアによる災害報告のマップをWEB公開することで、多くの人が、被害状況の全体像をつかむことができる。これは、被災地に向けた、適切な支援につながると思います。こうしたマス・ソーシャルメディアの相互補完の関係がつくれないかと思っています。(取材日:20131213日)

提供画像(C首都大学東京渡邉英徳研究室

 取材を終えて  デジタルアーカイブは、戦災や震災の記憶の継承だけにかぎらずに様々な用途がある。マス・メディアの報道の空白域を可視化するものなど、つくる人の発想によって様々な使用方法があることが分かった。Google Earth上のデジタルアーカイブであっても、世代を超えて人と人とがつながるメディアであることが重要だと思った。(篠原諄也)

 

※この記事は、2013年度J-School秋学期授業「ニューズルームB」(担当教員・瀬川至朗)を中心に作成しました。

 

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