2013年3月27日
取材・執筆・撮影 : 戸田 政考
玄海町の欧州原発視察ツアー 研修? それとも単なる旅行?
佐賀県玄海町では、エネルギーや原子力発電に関する見識を高めることを目的として、町民の代表者ら十数名を欧州へ連れていく事業が行われている。フランスやフィンランドの原発や関連施設をめぐるツアーであり、2008年から計4回、延べ53人が参加した。費用の約3500万円は全て公費。つまり税金だ。原発が立地する自治体で、住民の海外視察を行っているのは玄海町だけである。わざわざ欧州にまで行く理由は何か。視察の成果はどう生かされているのだろうか。参加者のひとりは「成果を行政に反映させるのは難しい」と語るが、町は今後も続ける予定でいる。
フィンランドの田舎町に日本人
フィンランドの首都ヘルシンキから北西へ240キロ、電車とバスを乗り継いで約4時間のところにラウマという町がある。ボスニア湾沿岸の田舎町で、人口は4万人に満たない。
フィンランドのオルキルオト原発。この施設内に使用済み核燃料の最終処分予定地である「オンカロ」がある。
旧市街地は世界遺産だが観光客はほとんどいない。平日の昼間から閉まっている店も多い。
むしろ原発近郊の町としての方が有名かもしれない。ラウマから車で20分ほど北上するとオルキルオト原発が見えてくる。毎年の訪問者は2万人を超える。町の人口の半分以上だ。
なぜそれほどの人が訪れるのか。その理由は同原発内の「オンカロ」と呼ばれる施設にある。使用済み核燃料を地下500メートルに埋め立て処分する場所だ。オンカロの意味はフィンランド語で「隠された場所」。その名の通り、世界で初となる使用済み核燃料の最終処分予定地だ。
2012年9月。私たちは夏休みを利用して、科学ドキュメンタリーの自主制作の取材でフィンランドに来ていた。
玄海町の視察グループと一緒になったフィンランド・ラウマのレストラン
しかしオンカロを見に来た日本人は私たちだけではなかった。
夕食をとるために、地元で有名な「Wanhan Rauman Kellari」というレストランに入った。しばらくす
ると店内は日本語でにぎやかになる。店の奥に団体客がいるようだ。
食事後、レストランの外で鉢合わせた。
夏のフィンランドは夜8時を過ぎても昼のように明るい。スーツ姿の人もいればジーパンの人もいる。男女合わせて十数名。ともに中年の人が多い。引率の町職員の男性は、玄海町から来たことや公費での研修旅行であると話した。
一行を乗せた大型バスは明るい夜の町を走り去っていった。
目的は勉強 旅費は税金
玄海町によると、海外の原発視察ツアーを始めたのは2008年9月。初回はフランスとスイスを訪れた。バスを貸し切り、通訳やガイドと共に原発関連の施設をめぐる。原発以外にもMOX燃料の工場や放射性廃棄物の中間貯蔵施設も見学した。地元の人々との交流会も催される。この視察ツアーは3年連続で行われた。
4回目となる2012年はフィンランドを訪れた。視察の目玉は「オンカロ」だ。
財政企画課の西立也課長(50)は「日本も使用済み核燃料の最終処分について勉強した方がよ
玄海町役場
い」とフィンランド視察の理由を語る。
参加者は区会長や婦人会、商工会などの町民代表と職員の十数名。1人あたり最低でも50万円以上かかる費用は全て町が負担する。それだけでなく、参加者には支度料や日当として5万円前後の手当も支給される。
視察ツアーが始まったきっかけは、町民の国際感覚をやしないたいという岸本英雄町長の意向だった。視察の目的には「国際的感覚と見識を高め、我が国のエネルギー事情と原子力発電をとりまく現状や動向を真に理解すること」と書かれている。
これに対して「市民オンブズマン連絡会議・佐賀」の味志陽子事務局長(66)は「アメ玉を使った原発PRだ」と批判する。というのも、視察の財源になっているのは電源立地地域対策交付金だからだ。このお金は原発がある自治体へ国から支払われる公費であり、玄海町には毎年14億円ほどが入ってくる。歳入の約2割を占め、町にとって原発の存在は大きい。
予算の使途としてこのような海外視察は適切なのか。経産省の担当者は「事業の中身を見て審査しており、海外だからダメとはならない。その事業が自治体にとって必要であれば認可する」と答える。地域振興や住民生活の利便性向上のためなら幅広く使えるというわけだ。
原発が立地する他の20の自治体に取材したところ、住民の海外視察を行っているところはなかった。島根原発がある松江市の担当者は「今は県外の視察もなく、海外は想定できない」と話す。
地元で十分 旅行感覚の視察
2009年度のフランスとスイスの視察に参加した婦人会の副会長(64)は「玄海原発は安全だと思った」と視察を振り返る。フランスで訪れた原発では、建家の壁の一部がはがれ落ちていたり、通路にゴミがちらかっているのを目にしたという。「玄海原発ではそんなことない」。視察を通じて地元の原発に対する信頼は高まった。
一方で、視察の成果反映については「私たちなんかが行っても何もできない」と答えた。
九州電力が運営する玄海エネルギーパーク
2012年度のフィンランドの視察に参加した男性は「勉強になった」とは言うものの「玄海町に最終処分場をつくるという前提なら行く意味はあるが、勉強程度なら町のエネルギーパークで十分」と語った。
玄海原発に隣接する「玄海エネルギーパーク」は九州電力が運営する原発PR館だ。展示パネルや模型、体験型ゲームを通じて原発のしくみやエネルギーを取り巻く国内外の状況が学べる。4階建ての館内の中央は吹き抜けになっており、そこにある実物サイズの原子炉模型が存在感を放つ。もちろん、使用済み核燃料の問題についても学べる。
「たぶん町は原発に反対の人は連れていっていないんじゃないか」。男性は視察を少し冷めた目で捉えつつも、「原発があったから若い人が残っている。雇用も生まれた。原発なしでは町はまわらない」と語る。
直前になって視察を辞退した人がいた。農協青年部の男性(39)は名前を出さないことを条件に電話で取材に応じてくれた。「忙しくて仕事を休めなかった」と辞退の理由を語るが、本音では視察に対してどこかしっくり来ない気持ちがあった。
視察前にはエネルギーや原発に関する勉強会への参加が求められる。この男性は「何度か参加したが、原発を推進する内容のものが多かった」と話す。「福島の事故があったばかりなのに」と違和感を覚えた。
それに「各団体の代表者とは言うが、実際は片手間でやっている人が多い。視察の成果を町政などに反映させられる人は限られている」と指摘する。「視察はたぶん旅行感覚。もっと違うお金の使い方もあるんじゃないか」
困難な成果反映
ではそれほどのお金をかけた視察の成果は、町民や町政にどう還元されているのだろうか。
西課長は困惑した表情で少し考えた後、「難しい」と漏らした。
玄海町の視察報告書
視察成果を町政に反映させる仕組みはなく、生かされた事例もない。それでも西課長は「原子力に対する判断や考えを自分でできるように。エネルギーについて考えてもらう場を提供している」と視察の重要性を強調する。
視察内容は広報誌や冊子を通じて町民に共有される。三十数ページの冊子の中身は、視察概要や集合写真、参加者の感想などだ。500部刷られ、各々の団体や学校などに配られる。参加者の感想は、原発の危険性を認識しつつも今後も共存していきたいという内容のものが多数をしめる。
今後についても西課長は「続けたい」と前向きだ。現在、視察は2年に1度となっており、次回の詳細は決まっていない。「次はドイツに行きたい。脱原発を決めたので廃炉ビジネスについて見てみたい」とも語る。
これに対して味志事務局長は「行くだけじゃ意味がない。費用対効果も不十分。例えば、視察に行った人が地域の防災リーダーとしての役割を担うというのならわかるがそうなっていない」と批判する。
「視察は安全・安心なところにしか行っていない。3.11後は原発の危険性をどう知らせるかが大切。見直す時期だ」と指摘した。
関連サイト・玄海町ホームページ http://www.town.genkai.saga.jp/home.html・玄海原発 http://www.kyuden.co.jp/genkai_index.html・オルキルオト原発 http://www.tvo.fi/Power%20plants・オンカロ http://www.tvo.fi/Final%20disposal
※この記事は2012年秋学期の実習授業「調査報道の方法」において作成されました。
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