街と人をつなぐ 焼きおにぎり店

街と人をつなぐ 焼きおにぎり店

しょうゆの香り漂う「えんむすび」

地下鉄早稲田駅から徒歩30秒。風通しの良い路地に、しょうゆの香ばしい香りが広がる。焼きおにぎり店「えんむすび」が、2010年9月にオープンした。メニューは焼きおにぎりしかない。一番人気のしょうゆ味を筆頭に、うめ、みそ、ゆずコショウ。月替わりの季節限定の味もある。どこか懐かしい味を求めて、昼時には近くの早稲田大学の学生らがずらりと並ぶ。

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  「えんむすび」の焼きおにぎりは、まるい形だ。店名にはおにぎりの形と、人と人との出会いを願う「縁結び」の意味が込められている。値段はしょうゆ味で1個100円。

   店を切り盛りする桜井真里子さん(61)の楽しみは、店の前のベンチに腰掛ける学生との、窓一枚隔てた何気ない会話だ。「ここに来ると落ち着くんです」。訪れる客から、そんな声をかけられる。けがをしたラグビー部員、うつ傾向の社会人、歴史好きの女子大生との交流も始まった。店は、以前からこの場所にあったかのように街に溶け込んでいる。「なぜ、学生との距離がこんなに近いのですか?」。店主の桜井一郎さん(63)に尋ねてみた。答えは「わからない。自然にやっていることだからね」。

   一郎さんの実家は、早稲田大学の近くで「松風」という食堂を営んでいた。一郎さんが小学生の頃から、多くの早大生が出入りしていた。「松風のせがれの家庭教師をすると飯を食わせてもらえるぞ」と聞きつけた学生たちが、日替わりで一郎さんの部屋へやってきた。きちんと勉強を教わったわけではなく、男と女の話、使えない英会話講座を聞かされた。それでも「人間としての幅が広がるような体験だった」という。

   だからか今も、桜井家には多くの学生が頻繁に出入りする。一郎さんが、英会話教室やパソコン教室などの仕事のかたわら、早稲田大学周辺の商店連合会の事務局長を1982年の創設当時から務め、大学と商店との仲介役をしてきたこともある。

   そんな学生たちに、真里子さんが家で作る焼きおにぎりは大人気だった。「ウチでは焼きおにぎりは夏の味なんです」と、真里子さんは話す。窯で炊いたご飯を腐らせないように、夏になるとおにぎりをたくさん作った。窯の底にできるおこげがおいしくて、2人の息子だけでなく、学生たちもこぞって食べた。そこで、「年齢を重ねても、毎日生き生きと働きながら暮らしたい」との思いから、夫婦でこの店を始めた。

  「100円のおにぎりをいくら売ったって、たかが知れている。経営は苦しい。それでも『やめないでね』と声をかけてくれる学生さんがたくさんいるんです」と、真里子さんはうれしそうに話した。

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※この記事は、2011年度J-School 秋学期授業「ニューズルームD(朝日新聞提携講座)」(林美子講師)において作成しました。

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