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天空の里へいらっしゃい、縁側に「あなたの実家」あります

縁側でお茶を一杯すすりながら過ごす日曜日なんていかがだろう。静岡県の山中、大間集落の民家7軒で、3年前に始まった「縁側お茶カフェ」。お茶の名産地が誇る味と、標高800mから見渡す絶景、そして住民のお年寄りたちの温かい気持ちがあなたをおもてなしする。

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  斜面いっぱいに広がる茶畑。豪雨で洗われたばかりの青々とした葉が、太陽の光を浴びて輝く。その急斜面上にぽつりぽつりと、「縁側お茶カフェ」ののぼりが見える。 

  静岡市の中心部から南アルプス・七ツ峰へ向かい、車で1時間半、1日6便のバスで終点から徒歩2時間。大間は限界集落の典型だ。以前は15世帯あったが、いまでは7世帯、15人のみ。65歳以上が占める高齢化率は8割をこえる。家々の半分以上は空き家状態だ。

   そんな大間を元気にしようと、全世帯参加で始まったプロジェクトが「縁側お茶カフェ」だ。毎月第1、3日曜日、のぼりを目指して訪れた人が、縁側でお茶を飲みながらお茶請けをつまみ、農家の人とおしゃべりする。休憩料は300円。お茶はもちろん大間産。お茶請けはその家の人が普段食べている漬物や煮物、畑で採れる旬のもの。季節ごと、訪ねるお宅ごとに違った味が楽しめる。

  森幸雄さん(71)宅の縁側でも、お客同士の会話がはずむ。親子連れやカップル、バイクのツーリング仲間など客層は様々だ。東京や千葉、神奈川など県外からも少なくない。

  妻の邦枝さん(65)が入れたお茶をお客が自分で運び、七輪を囲んで、じゃがいもや邦枝さん自慢の「粟餅」を焼く。席が足りなくなればみんなでテントを立てる。「お茶足りてますか」「ぼく、お餅もっと食べる?」。お客同士、縁側で声をかけ合う。

  「『行ってきます』って出て行って、『ただいま』ってもう一度来てくれる人もいる。実家に帰ってきたみたいって言ってもらえるのが一番」と邦枝さん。多い日で30人が詰め掛ける。

  このプロジェクトの仕掛け人は、1989年に大間に移り住んだ小櫻義明さん(65)だ。もとは静岡大学教授で地域政策が専門。「静岡市としても手がつけられないほどの過疎地」と言われ、市の職員とともに初めて訪れた。空気の澄んだ日には駿河湾も見える景色に魅了され、翌年移り住んだ。その見晴らしの良さと、来る人ほとんどが「ここに来たら癒されるよ」と言うことから、「天空の癒しの里」と名付けた。

   だが、市が設けた農産物の直売所が、人手不足から営業停止状態に陥り、集落全体が落ち込んでしまう。町内会もまともに開かれないなか、小櫻さんは3年前、住民が唯一集まる祭りの席で「カフェ」を提案した。開催日も指定して「やれる人でやりましょう」。その場での反応は芳しくなかったが、当日には「みんな準備はばっちり」でスタートした。お茶請けの内容や来客数は、互いにノータッチ。実施するかどうかも各世帯の自由だ。それでも忙しいお茶の時期に、今年休業したのは1軒だけだった。

  小櫻さんがあるお宅を訪ねた時のこと。寝ころんでテレビを見ている人がいた。親戚が来ているのかなと思ったら、「お客さんだよ」。森家の縁側でも、「ここで昼寝したいねぇ」という藤枝市の橋本幸輔さんに、邦枝さんがどうぞと促していた。「にぎやかになって嬉しいよ」と幸雄さんも笑う。「農家の縁側は都会の人には憧れ。縁側で休んで、縁を結んでほしい」という小櫻さんの願いどおり、客足も増え、集落が元気を取り戻しつつある。

  昼時を過ぎれば、森家の縁側も空き始める。席をたつお客を、森夫妻は姿が見えなくなるまで一人一人丁寧に見送る。「また来てください。気を付けて」

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※この記事は、10年度J-Schoolの授業「ニューズルームD(朝日新聞提携講座)」(林美子講師)において作成しました。

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