2009年3月15日
町の片隅の小さなケーキ屋さん 千葉県柏市
残暑の厳しい夜、散歩していると路上で何かが動いていた。アブラゼミのサナギだ。孵化する場所を探してアスファルトの上に迷い出てきたらしい。道端の木にのせてやったが、すぐに落ちてしまった。住宅街に雑木林が続いているこの道は、…
2009年3月15日
残暑の厳しい夜、散歩していると路上で何かが動いていた。アブラゼミのサナギだ。孵化する場所を探してアスファルトの上に迷い出てきたらしい。道端の木にのせてやったが、すぐに落ちてしまった。住宅街に雑木林が続いているこの道は、…
残暑の厳しい夜、散歩していると路上で何かが動いていた。アブラゼミのサナギだ。孵化する場所を探してアスファルトの上に迷い出てきたらしい。道端の木にのせてやったが、すぐに落ちてしまった。住宅街に雑木林が続いているこの道は、バスも通らない静かな道だ。
千葉県柏市の市立光ヶ丘中学校と中原防災公園にはさまれた道沿いの住宅街。ここで「小さなケーキ屋さんジョアキーノ」を見つけたのは全くの偶然だ。あるとき、これまで歩いたことのない道を歩いてみよう思い、たまたま見つけたのがこの店だった。
目立たない小さな赤い看板のケーキ屋。私は店の前の道と交差しているすぐそばの通りを何年も毎日通っていたのに、この店に気づかなかった。どんな人がどんなケーキを作っているのだろう。
「いらっしゃいませ」の声に迎え入れられる。六畳くらいの広さの店内は明るく暖かい雰囲気だ。床板の木の茶色に何だかホッとする。カウンターの前にはフルーツケーキやマドレーヌを籠に入れて売っている。ケーキの入ったガラスケースは入り口から見えるようにカウンターに対して直角に置かれている。奥の棚にはリキュール類やコーヒーが並ぶ。小さな木製の丸テーブルが二つ。店もケーキもこぢんまりとした作りで清潔な印象を受けた。
店主は朏惠治(みかづき・よしはる)さん。年齢をうかがうと36歳、私と同世代だ。
テレビなどでよく見る料理人の被っているような帽子ではなく、バンダナを巻いている。自分の店を持って三年目という。
ケーキはフルーツや飾りでカラフルだ。店名を冠したチョコケーキ「ジョアキーノ」は一番の人気商品。チーズケーキにも目をひかれる。どれも細やかなデコレーションで可愛らしい。ケーキとコーヒーをいただきながら話を聞いた。
目立たない場所にありますが、なぜここで営業しようと思ったのですか?
「もともとここが自宅だったからで、特にここを選んで開店した訳ではないんです。この場所でもお客さんは来てくれるし、売り上げは年々伸びています。場所よりも最近、チーズが三割り増しになるなど材料費が急激に上がって来たのでその点が悩みですけど」
どういうお客さんが多いのですか?
「30~40代の主婦の方が一番多いかな? 年配の方も見えますが、主婦の方がよく来ます。ここは団地や住宅があって主婦層を中心とした昼間人口の多い地域だと思います」
話し始めてすぐに、おばあさんとお母さんが二人の女の子を連れて入ってきた。「写真を撮ってもいいですか?」と私が尋ねると「何かあるんですか?」と不思議顔のおばあさん。撮影は断られてしまったが、今日はお誕生日のケーキを買いに来たとのこと。「以前、上の子の誕生祝いのケーキもここで買ったので、下の子のお祝いのケーキもここにしようと思ってきました」とお母さん。近所の保育園に通っている四才の女の子はとても嬉しそうだ。リピーターの心をしっかりと捉えることに朏さんは成功しているように見えた。自作のケーキで勝負をかける、独立した人の持つ緊張感が店を支えてきたのだろう。
朏さんは手際よく注文の品を包装してお客さんを送り出す。これがこの店の日常風景なのかと思ったら、季節で違いがあるとのこと。暑い季節はあまりケーキが出ないそうだ。
=next=なぜケーキ屋になろうと思ったのですか?
「何かを作る仕事がしたかったんです。お客さんが喜んでくれるのを見るのが嬉しいので。実は最初は紳士服のデザイナーになりたいと思っていました。高校を卒業して服飾デザインの専門学校に三年間通いアパレル会社に就職したのですが、配属は営業でした。それはそれなりの楽しみもあったんですが、やっぱり何かを作ることがしたくて、ケーキ屋でアルバイトをしたのがきっかけですね」
服からケーキへの転身は随分違うようにも思いますが。
「何かを作るという点であまり違いは感じていません」
そう言われると、ケーキはファッション的な要素が多いようにも見える。作り手にとってそれは差と呼ぶ程のものではないようだ。
服飾学校時代に学んだデザインは活きていますか?
「どうですかね? デコレーションやカップの型は市販品を使っています」
既製品を使いつつも組み合わせでオリジナリティーを出している。エペスというムースは中身がスポンジとムースで四層になっており、作るのに手間がかかりそうだ。
Q 凝ったデザートが多いですね。
「でもエペスは一時間ほどで簡単に作れます」
謙遜されてしまった。
Q これからの夢はどんなことですか?
「いつかイート・インのようなスタイルの店をやりたいと思っています。軽食とケーキとをメインにして。その店では自分で作った服も売ってみたいと思っています」
一度は諦めた服への思いも温め続けている。朏さんの夢は建設的で、いつか実現できそうに聞こえた。近所で頑張る同世代にエールを送りたい。
(了)
【外部リンク】
●小さなケーキ屋さん「ジョキアーノ」(Livedoorグルメ)
※この記事は、08年前期のJ-School講義「ニューズルームE」において、刀祢館正明先生の指導のもとに作成しました。