2009年2月15日
取材・執筆・撮影:佐藤哲也
都会の少年スポーツ
~少年野球を取り囲む環境から~
早稲田大学周辺の新宿区西早稲田・戸山地区を歩くと、意外に公園が多く、緑がかなりたくさん残っていることに気がつく。一見すると恵まれた環境である。しかし注視すると、ベンチに座って携帯ゲームをしている子どもや、ボールの使用を禁止している看板が目につく。
こうした環境の中で、子どもたちはスポーツに対してどのように取り組んでいるのか。小学生の野球チームを取材した。
2009年2月15日
取材・執筆・撮影:佐藤哲也
早稲田大学周辺の新宿区西早稲田・戸山地区を歩くと、意外に公園が多く、緑がかなりたくさん残っていることに気がつく。一見すると恵まれた環境である。しかし注視すると、ベンチに座って携帯ゲームをしている子どもや、ボールの使用を禁止している看板が目につく。
こうした環境の中で、子どもたちはスポーツに対してどのように取り組んでいるのか。小学生の野球チームを取材した。
2008年7月も2週目を終えた日曜日。梅雨明け前に特有のもわっとした蒸し暑さ。耳を澄ませば、せみの鳴き声が聞こえそうなくらいの真夏日に、区立中学校の校庭で小学生の野球大会が開かれていた。
東戸山スリースターズに所属する小学6年生の五味尚樹君(12)は、ファーストを守る俊足の1番バッターである。細身ながら器用さとバネを兼ね備えるチームの主力選手だ。3年生から始めたという野球は、3年間で瞬く間に上達し、この日はホームランを打った。もっとうまくなって、プロ野球選手になりたいという夢を持っているが、そのための練習環境に恵まれていないことを嘆いている。
「前はもうちょっと公園でもボールが使えたんだけど、最近ますます使えるところが減っちゃったんです。もっと場所があれば、チームの練習以外でも友達と野球ができるのに……」
チームを率いて20年になる西條剛監督(58)は、他区チームとの差についてこう分析する。
「決定的な違いは、グラウンドが少ないことです。練習環境に恵まれない中では、区大会を勝ち上がっても、その先の上位大会で勝ち進むことは難しい」
技術を比較しても、全体的に他区の方が上であるとし、下町の広い河川敷のグラウンドで存分に練習しているチームの強さを感じるという。
普段から公園でボールが使えれば、もっと技術が向上する可能性もある。そこに子どもの可能性が広がる要素は十分にある。
新宿区に生まれ育ったという五味君の母親の浩美さん(44)は、子どもを取り囲む環境の変化をこのように見ている。
「子どもたちはゲームをするようになり、身体を動かさなくなったし、そもそも遊ぶ場所が少ないと思います。団地内の敷地で野球をやると注意されるし……。親としてはできる限り協力してあげたいけど、こうした環境で子どもがのびのび育つのは難しいですね」
昔はもっと緑が多く、虫などもたくさんいたが、バブルが崩壊した15年ほど前からそうした場所が減ったように感じているという。
「周りでは高齢者が増えてきており、少子化も進む中、大人がどう子どもたちを見守っていくのかが大切なのに、その理解が少ないような気がして残念です」
子どもが公園でけがをした場合、そこに指導者や保護者がいなければ、公園管理者が責任を問われなければならなくなる。早朝の練習や大会の開会式などに対して、騒音のため、近隣から苦情が出ることもあり、理解を得るのが難しい部分はある。しかし、それに手をこまねいていては、スポーツをする子どもたちの未来は陰ってしまう。
スリースターズの選手の大半が通っている小学校の先生は、学校周辺の環境について、「戸山公園があり、緑も多く環境には恵まれているが、自由にボールなどが使える場所がないのはやっぱりかわいそう」と話す。
学校としては、これまでクリーン活動やふれあい給食など、地域住民との交流活動を活発に行ってきた。さらに、子どもの体力低下が叫ばれる中、スポーツに対する取り組みも意識するようになった。
「できる限り、その道の本物を見せてあげたい。そこから、自分の決めた道や夢を追いかける”きっかけ”を作ることができたらと考えています」と、最近では、元プロサッカー選手や食育の専門家を招いたりして、身体と健康について考える機会を提供しているそうだ。
では、子どもたちは、学校が作ってくれた”きっかけ”をどう活かせばいいのだろうか。チームに入り、本格的な取り組みをはじめる前段階、遊びの一環として行うスポーツ活動ができる場所が少ないという現状に、どのような光を見出していけばよいのか。
体育を専門として研究を続けている新宿区立落合第一小学校・田郷岡正秀副校長は、小学校の体育を、「さまざまな運動の特性やおもしろさに触れる喜びを味わわせて、子どもたちが、授業以外の時間にもやりたくなるようなカリキュラムを目指すもの」とし、スポーツの取り組みにおける発達段階について、このように語った。
「本格的にスポーツをはじめる”きっかけ”は、指導者の存在や声掛けだったり、スポーツ選手などに影響を受けることもあります。小学生の場合は、むしろ生涯体育という観点から、運動や身体的機能が高まる心地良さ、友達と何かをすることの楽しさなど、理屈ではないことを学んでいければよいのではないでしょうか」
学校外でのスポーツの取り組みについては、その”きっかけ”において、何がどう影響するかわからない。制限なく遊べる公園などは確かにとてもいいが、必ずしも体育と遊びが順序立てて結びつくわけではないため、そうした環境が本格的なスポーツに対する取り組みの前段階として必須というわけではないという。
五味君は野球を始めた”きっかけ”を、「友達とやってみたら楽しかったから」と話し、野球を通じた自分自身の成長をどのあたりに感じるかという問いには、「弱音を吐かないようになった」と答えた。母親の浩美さんや西條監督、今回取材した他の指導者の方々も、技術面や勝敗以上に、野球を通じた精神面や社会性の向上を子どもたちに期待しているという。
スポーツは”競技”であるため、技術向上や勝ち負けは、選手のモチベーションに関わる大きな要素である。そこに夢を求めることも大切だ。それには、広いグラウンドやいつでも取り組める環境も必要であろう。しかし、スポーツの本質、モチベーションの根幹は、”楽しさ”にあると思う。
グラウンドの制限や環境を嘆くのではなく、子どもたちにその楽しさを十分に味わわせ、精神面の向上を図っていけるのであれば、夢はきっとその先につながっていくはずだ。(了
ルポ「都会の少年スポーツ~中学生の選択~」(4月号)
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