2010年12月6日
取材・執筆:田村真紀夫
ヒ素を使った光合成
2010年12月、米航空宇宙局(NASA)は、カルフォルニアのモノ湖から、生命活動に必須と見られていたリンの代わりにヒ素を利用できるバクテリアを発見したと発表した。モノ湖はこうした極限環境で生息する特殊な生物の宝庫であり、2008年にも、今回の発表でも中心となった研究者たちにより、ヒ素を利用して光合成するバクテリアが発見されている。この2008年論文を解説する。
2010年12月6日
取材・執筆:田村真紀夫
2010年12月、米航空宇宙局(NASA)は、カルフォルニアのモノ湖から、生命活動に必須と見られていたリンの代わりにヒ素を利用できるバクテリアを発見したと発表した。モノ湖はこうした極限環境で生息する特殊な生物の宝庫であり、2008年にも、今回の発表でも中心となった研究者たちにより、ヒ素を利用して光合成するバクテリアが発見されている。この2008年論文を解説する。
あなたは「光合成」という言葉から何を思い描くだろうか?
多くの人は緑の森林、炭酸ガス吸収、酸素発生などをイメージするだろう。ところが2008年に、この概念とは全く違う光合成を行うバクテリアが、カルフォルニアのモノ湖に近い温泉から見つかった。この温泉は、塩濃度が高くアルカリ性で酸素も含まない。
発見された2種はともに岩石表面にマット状に生育していた。一方は緑色で繊維状の形態(写真1A,B)、他方は赤色で運動性を有していた(写真1C,D)。
【写真1: モノ湖で発見された特殊光合成を行うバクテリア】
(参考論文より。R.S.Oremland博士の掲載許諾済)
この2008年に発表された研究成果では、赤色のマットから単離されたPHS-1株に嫌気性条件下で光をあてると、三価のヒ素を五価に酸化する一方、炭酸ガスが還元されて炭素が細胞内の有機物として取り込む事が確認された。
この反応は進化の初期段階にある光合成であり、硫化水素や鉄、今回見つかったヒ素から電子を取り出す。そのため現在の高等植物の光合成とは違い酸素は発生しない。外見は緑ではなく赤、しかも酸素は発生しない。まったく個性的な光合成だ。
植物は緑色の葉緑素を持ち、太陽の光をエネルギー源にして水と空気中の炭酸ガスから光合成を行い、有機物を合成して酸素を発生する。全ての動物は、植物が光合成で作り出した有機物と酸素を利用して生きている。
しかし、これは現在の地球環境での姿である。太古の地球は全く違う環境であった。当時の大気は、窒素、水素、炭酸ガスが主成分で、酸素はほとんど存在しなかったと考えられる。火山活動による高温な水環境は多くあり、水底の温泉近傍で最初の生物が発生した可能性が高いと考えられている。宇宙から降りそそぐ紫外線の影響を受けない水面下の方が陸上より生物の発生・進化に有利と考えられるからだ。
温泉から供給される硫化物は化学的に活性が高いので、それを利用した生物が進化した。同様に、ヒ素を利用する生物が発生してもおかしくない。さらに、熱があるということは赤外線もあるので、それを利用する生物が発生したかも知れない。赤外線は光の一種であるから、日の光があたる場所に流れ着けば可視光を利用する進化の起源になった可能性もある。光の利用は、光合成もあるだろうし、視覚への進化も考えられる。水から電子を取り出して光合成を行う高等植物が進化してくると酸素が発生し、その後の地球環境を劇的に変化させたと考えられている。
この2008年の研究において発見された光合成バクテリアも、太古の温泉近傍で発生し、似た環境下で現代まで生き残ってきたと考えられている。もしこのタイプの光合成が主流になっていたら、現在と全く違う地球が作り出された可能性もある。単離された赤色のPHS-1株の遺伝子を解析した結果、この株のヒ素利用遺伝子は、今までに見つかっていたヒ素利用生物の遺伝子と別のタイプであることがわかった。生物は多くの挑戦をして生き残ってきた。今後も、太古の地球環境と類似の極限環境に生き残った生物を調査する事により「生物進化の挑戦の痕」が見つかることが期待される。
【参考文献】
T.R.Kulp, S.E.Hoeft, M.Asao, M.T.Madigan, J.T.Hollibaugh, J.C.Fisher, J.F.Stolz, C.W.Culbertson, L.G.Miller, R.S.Oremland, “Arsenic(III) Fuels Anoxygenic Photosynthesis in Hot Spring Biofilms from Mono Lake,California”, SCIENCE, VOL 321 15 AUGUST 2008 (External Link: Abstract)
※この原稿は、MAJESTy08年度講義「自然科学概論2」において、田中幹人先生の指導のもとに作製しました。また、記事作製にあたっては、元論文の著者の一人、Oremland博士にメールインタビューを行っています。