2010年3月24日
取材・執筆・撮影:田村真紀夫、矢部あずさ
赤ちゃんの腸内細菌とアレルギー防止の関係がみえてきた
2009年10月に開催された第59回日本アレルギー学会秋季学術大会において、赤ちゃんの腸内細菌とアレルギー発症との関係について講演した中山二郎・九州大学准教授に聞いた。
2010年3月24日
取材・執筆・撮影:田村真紀夫、矢部あずさ
2009年10月に開催された第59回日本アレルギー学会秋季学術大会において、赤ちゃんの腸内細菌とアレルギー発症との関係について講演した中山二郎・九州大学准教授に聞いた。
生まれる前の胎児の腸内は、ほぼ無菌状態である。ところが、お母さんのおなかを出たときから、さまざまな細菌が入れ替わり立ち替わり口から入り込み、腸内に棲みついていくようになる。この新生児期の腸内細菌の状態「腸内フローラ」が、後のアレルギー発症に関係してくるという。
今回の中山准教授の研究は、厚生労働省免疫アレルギー疾患等予防・治療研究事業(2002~2006年度、主任研究者 白川太郎・元京都大学大学院医学研究科教授)の一環である。86名の乳幼児を対象とし、生後2カ月までの腸内細菌群と2歳までのアレルギー発症状況の追跡調査が行われた。その結果、生後1カ月の乳児の腸内細菌にバクテロイデス属が存在する場合とクロストリジウム属が存在する場合があり、前者は幼児期にアレルギーが発症しやすく、後者は発症しにくいことが示された。
「乳児の腸内細菌の多数を占めるのはもちろんビフィズス菌群で、今回調査したアレルギー発症に関連すると考えられる2つの菌群は少数です。この2つは、いわゆる悪玉菌といわれていたものです。このうちクロストリジウム属にはさまざまな種が存在するので、今後、どの種がアレルギー回避に作用しているかを探っていく予定です。
また、生後1カ月という新生児期のみに腸内細菌の種類とアレルギー発症に関わりがみえたことから、これらの細菌が腸に棲みついたタイミングと免疫系の発達が微妙に関係していると予想されます。その謎を解き明かしていくことで、腸内細菌が関わるアレルギー発症のメカニズムを正しく理解できると考えています」(写真1)
腸内細菌を研究するのに、これまでおもに「培養」という方法がとられてきた。取り出した細菌に栄養分を与えて数を増やす操作を行ったうえで、詳しく調べていく。ところが培養の専門家をもってしても、腸内細菌のうち半分の種類も培養できていないことがわかってきた。たとえば腸内は酸素を嫌う細菌が多く、それが培養を困難にしている一因なのだそうだ。
「私たちは、培養ではない新しい方法をとっています。細菌内のDNAに注目するこの方法では、すべての細菌が持つタンパク質を合成するリボゾームという仕組みに関わる16SrRNAの遺伝子を利用します。これを人工的に増やして細かな違いを調べ、細菌の種類を決定します。ですから、培養できなかった細菌も調べることができるのです」
そのときに用いるのが、次世代高速DNAシーケンサーとよばれる遺伝子のならび方を調べる分析装置である。一度に100以上のサンプルを2週間という短期間で精度良く分析できるという。
「実際には赤ちゃんのうんちをガラスビーズですり潰して、その液から直接DNAを取り出します。このDNAがすべての“細菌の指紋”の役割を果たし、多数の細菌の種類を網羅的に調べるのに役に立つのです」(図1)
食物から考えると、人は母乳期、離乳期、成人期に分けられる。胎児は無菌の状態で生まれ、誕生の瞬間から周りの環境に影響され始める。ビフィズス菌は、母乳に多量に含まれるオリゴ糖の一種を優先的に代謝するので、まず乳児の腸内細菌の大半がこの種になる。その後、離乳期の幼児になるとその他の菌類が増加して、最後に成人期の雑食性の食事にも耐えられる多種多様の菌類が共存する状況に落ち着く(図2)。
「人類が今ほど清潔な環境にいる時代はないと思います。原始時代の乳児は藁や家畜の毛皮に直接接していたでしょうから、当然現在よりも多種多様の雑菌が腸に到達していたと考えられます。そのとき、幼児のアレルギー症はほとんど無かったと思われます。今の乳幼児の腸内は一種の純粋培養状態になってしまい、このことがアレルギーの発症に影響しているのかもしれません」
「今回発表したDNAシーケンサーを用いた研究手法は、腸内細菌のすべてを網羅的に検討することが可能です。そのため、腸内細菌全体のバランスから少数しか存在しない種まで含めて、アレルギー発症との関係がわかるようになりました。いま、プレバイオティクスとよばれる、機能性の食品素材や善玉菌を利用した腸内環境改善の取り組みが注目されています。それに関しても、このような最新の腸内フローラ“細菌の指紋”解析技術を用いて効果を検証することで、高い信頼性のもとに進めていけると期待しています」。
※この記事は、09年後期MAJESTy講義「科学技術コミュニケーション実習4B(吉戸智明先生)」において作製しました。