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研究室訪問-生命科学とアートが交わる

 早稲田大学理工学術院の岩崎秀雄研究室では、「科学とアートのコラボレーション」が日々繰り広げられる。生命科学者であり造形美術家でもある岩崎さん。美大出身の作家を迎え、より特色あふれる研究室となった。

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生命科学とアートがコラボする研究室

早稲田大学理工学術院の岩崎秀雄准教授は、生命科学者であり、精力的な創作活動を行う造形美術家である。その岩崎さんの研究室では、生物学とアートが共存している。在籍する学生の大半が、原始的な微生物シアノバクテリアを用いた「生命リズム」に関わる研究を行っている。一方で、多摩美術大学と共同研究を行い、美大出身の作家を研究員として迎え、アートの存在も大きい。

理系研究室にアートを取りいれる

研究室の設立は4年前の2005年。実験生物学とアートの両方を「できるだけ同時に」追求できるラボ環境の成立は、岩崎さんのかねてからの構想だった。「生命」というものは自然科学的に定義された概念とは限らない。より広い意味での「生命」について、アートの視点からも考え、生物学のなかでしか表現できないアートを追求する。
2008年、新しい研究棟への引っ越しを転機に、岩崎さんと作品を創作するパートナーとして、人文社会学系及びアート系の人材を求めた。そうしてメンバーに加わったのが、美大出身の井上恵美子さんだ。
井上さんはもともと、油絵具を用いたペインティングを中心とする創作活動を行っていた。やがて「バイオメディア」という新しい「画材」に興味を覚え、美術大学で修士を修めた後、岩崎研究室への参加を志望した。バイオメディアとは、媒体として用いられる「生物学的なもの」「自然のもの」を指す。目新しいものではないが、コンピューターを用いた創作活動の次にくるものとして今注目を集めている。
同じ頃、生物学のパートナーとしてKさんもメンバーに加わった。生物系で修士を修了、つくばにある研究所に3年間勤務していた。微生物の網羅的な解析を行っていたが、その24時間周期の生命リズム(概日システム)に関心を持つようになり、岩崎研究室の門戸を叩いた。岩崎さんのアート面での活動は以前から知っていたが、研究室におけるアートの存在の大きさには「まさかこれほどとは思わなかった」という。実際、研究室に入ってまず目に入るのは、岩崎さんの作品の一つであるフラスコのツリーだ。おそらく高さが2mにもなるだろうこの作品の存在感には、初めて足を踏み入れる誰もが驚く。

研究室で異文化交流

バイオメディアを用いたアート、「バイオアート」は生物学的方法も取り入れた創作活動なので、ラボ内での活動も多い。しかし、科学の実験にはさまざまなルールや手続き上の決まりが数多くある。初めてラボを利用する人に、菌や生物の管理の仕方、実験器具の使い方、ラボの共同利用のためのマナーを教えるのは、その経歴に関わらず大変だ。感覚的に判断されることも多く、井上さんは、まるで言葉の知らない国に飛び込んだ留学生だった。
受け入れ側となった生物系の学生も、当初、井上さんとの感覚や意識のズレに戸惑った。以前、井上さんが創作活動のために、さまざまな植物を滅菌せずに外部から持ち込み、装置や器具を使用したことがあった。岩崎研究室のラボではマイクロデバイス工学など非常に繊細な実験を行う場合がある。そのため、何らかの影響が出るのではないかと思った学生がKさんに相談したという。
実際どれほどの影響があるのかわからない。しかし、「実験をする側としては実験に影響が出てしまうのではないかと不安に思ってしまう」(Kさん)のだという。井上さんも、思いがけず自分が他の学生に「余計なストレスを与えていた」ことに驚いた。
「感覚・意識の違いからくるトラブルを防ぐためには、事前の話し合いが大切でした」とKさんは振り返る。このときは岩崎さんも一緒に、ラボを共同で使用していくにあたっての方針やルールについて話し合い、具体的な解決策を検討した。「まだまだお互いを理解しきれない部分もあるのかもしれませんが、一つひとつ話し合って解決するしかない」と、Kさんはいう。

生命科学とアートの関わり方

一見すると、岩崎研究室は、科学とアートを融合させた成功例のようにみえる。しかし、目指しているのは「融合」ではない。それぞれが独立に存在、共存している「同居」の状態が、岩崎さんの理想だ。
「科学」と「アート」を相対化することで、科学者は、より多角的な視点から研究に取り組むことができるようになる。研究室内における井上さんの存在は、生物学を研究する学生にとって、そのような視点を養うために重要だと岩崎さんは考える。「井上さん」を通して、科学者ではない外部からみた科学を意識、体感できるからだ。
それぞれが独立しているからこそ、科学者とアーティストの交流も大切だ。バイオアートは「生命」を扱うものであるため、作家自身の安全への配慮が重要で、かつ作品が倫理的な問題をはらむ可能性もある。「先駆的なアーティストのなかには、型破りな作品に挑戦する人も多い」と岩崎さんは危惧する。
生物を扱ううえでの危険性や手順のルールを把握することはもちろん、倫理面においても十分に配慮しなければならない。これからの科学者は、アートの世界での流れを認識し、必要があれば警鐘を鳴らすことが求められるだろう。これは「生物学者のミッション」であると岩崎さんは感じる。しかし、「日本では、アートの流れを十分に認識している生物学者が少ない」のが現状だ。
岩崎さんは、この問題に研究室として取り組む。美大生やアーティストなどの訪問客も多く、話をするだけではなく実験したりもする。もちろん、2人のパートナーとの間にも意識のズレは少ない。Kさんも、「意見や情報を求められたときに快く受け入れ、協力することからお互いの理解につなげられればいい」とする。一方で、井上さんは、「生命科学のルールを破ってまでする表現の必要性を私はいまのところ感じていない」そうだ。今後の科学者とアーティストの交流を考えるとき、チームとしての岩崎研究室は大変頼もしい存在となるだろう。

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