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金星にも海があった?

2009年11月に行われた気象学会2009年度秋季大会で、金星に海洋があった可能性について講演した、岡山大学大学院自然科学研究科のはしもとじょーじ准教授に話を聞いた。金星は地球とよく似た組成や大きさをしており、双子にたとえられることもある。しかし「水の惑星」とよばれる地球と違い、金星には海がない。でも、もしかしたら現在見られないだけで、過去には地球のように海があったのかも…?

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 金星は地球にそっくり?

  なぜ金星には地球と違って海がないのか。それがわかれば、なぜ地球に海があるのかもわかるかもしれない。はしもと准教授は、そんな興味から研究を始めたという。

  金星は、地球と大きさや質量がほぼ同じで、水星や火星と共に「地球型惑星」に分類されている。しかし、金星と地球には決定的な違いがある。それは海洋の存在と大気の組成だ。地球は平均気温が15℃程度で、水が液体として存在できるため、広大な海洋をもつ。ところが金星は、大気の主成分である二酸化炭素の温室効果が大きく、地表の平均温度は400℃以上。大気圧も地球の100倍近くある。

  「じゃあ、似ていないじゃないか」と思われるかもしれない。はしもと准教授は「地球では多量の二酸化炭素が石灰岩の中に存在しており、酸素は後に植物が光合成で作り出したことを考えると、水以外の組成はよく似ている」と話す。液体の水の存在が石灰岩の生成を可能にし、地球大気中の二酸化炭素の量を減らした。地球と金星の環境の違いの原因は、水の量の違いによるものだと、はしもと准教授は考えている。現在の金星大気に水蒸気はごく微量しか存在していないが、金星大気中の水素同位体の存在比は金星から水素が宇宙空間へ流出したことを示している。過去の金星には地球と同じように水が存在していてもおかしくないという。

  これまでの金星地表の観測で、河川の跡など液体の水が存在した証拠は得られなかった。しかし、現在の地表が形成されたのは5~10億年前であり、それ以前の地形はわからない。そこで、地形からではなく、水がないと生成されない物質の存在から、金星に海が存在した可能性を考えはじめた。注目したのは、岩石の一種である「花崗(かこう)岩」だ。

地球特有の岩石・花崗岩

  花崗岩は白っぽい色をした岩石。石垣や墓石、国会議事堂の外装など広く石材として使われている。大陸を構成する地殻に多く含まれており、地球ではありふれた岩石だが、じつは現在までに地球以外の太陽系内の惑星や小惑星では見つかっていない。

  鍵を握るのはその生成過程である。花崗岩はマグマが冷え固まってできる岩石なのだが、その形成には水とプレートテクトニクスが不可欠だと考えられている。2つのプレートがぶつかり合って片方が沈み込むことで、水を含んだ鉱物が地球の深部へと運ばれる。圧力と温度が高くなると、水を含んだ鉱物は分解され、含まれていた水がマントル中に放出される。水が入ると、花崗岩の材料となる岩石の融点が下がることが知られている。こうして融けた岩石が、花崗岩のもとになるマグマになる。

  「40億年前には、金星にも同じくらいの水があったのかもしれない。また、地球にプレートテクトニクスができたのは、大量に水があったからだと考えられています」とはしもと准教授は話す。もし金星に花崗岩が見つかれば、「海があった」という可能性が大きく膨らむ。だが、花崗岩を探索するのは一筋縄ではいかない。

金星の地表を知るための試み

  地球のすぐ内側を回っている金星だが、その地表の様子を見るのはなかなか難しい。まず、厚い硫酸の雲で覆われているため、外からの観測が困難だ。また金星は高温であるため、着陸させても探査機が長くは保たないのである。ただ、特定の波長の電磁波は金星の雲を通過することが判明しており、いまのところ、その波長を使って観測が行われている。

図1 左は、ガリレオ探査機が近赤外の波長(1.18μm)で観測した、金星の画像。雲の影響を除いた地表の熱放射量分布が中央の図。標高データを用いたシミュレーション(右図)とおおまかな分布は一致しており、地表の熱放射を観測できていることがわかる。(提供:はしもとじょーじ准教授)

  あらゆる物質は熱を電磁波として出しており、この現象を熱放射とよぶ。「金星の地面が出す熱放射を調べると、その場所の温度と、構成している成分の情報が混ざったデータが出てきます」。はしもと准教授らは、1990年2月にNASAのガリレオ探査機が金星の近くを通過した際に得たデータに、太陽光の影響の除去や雲による減光といった補正を行い、地表からの熱放射を見積もった(図1)。

図2 左は高度による温度変化の影響を補正し、地表の放射率の場所による違いを描いた図。解析の結果(右図)、高度と地表の放射率には相関があることがわかった。(提供:はしもとじょーじ准教授)

  地球でも上空では温度が低いのと同様に、金星でも高度の違いで、地表の温度が変わる。標高データをもとに、地表の温度変化量を見積もり、温度による影響の補正をした。その結果、高度が高いところと低いところでは地表からの熱放射の特徴が異なることがわかった(図2)。「高地と低地での数値の違いは、成分の違いと考えられます。そう考えると、どうも高地には花崗岩っぽいものがあるように思えます」

  雲の影響の補正精度の向上、もし海があったとしてもどうしてなくなったのか、水を作っていた酸素はどこへいったのかなど、解決しなくてはならない課題や疑問はまだまだ多い。解析に用いるデータも不十分だ。「今はまだ、推測の域を出ない部分もある。でも、こう考えると自然なんです」

  2010年には日本の金星探査機「あかつき」の打ち上げが予定されている。はしもと准教授は「あかつき」がもたらすデータの解析にも関わっている。「『あかつき』は金星の気象の観測をおもな目的に打ち上げるので、直接この研究が進展するようなデータはそこまで期待していません。でも、見つかったらうれしいでしょうね」

太陽系外惑星につながる研究 

はしもとじょーじ准教授が通称名にひらがなを使うのは、漢字での表記を正しく読んでもらえないことが多かったため。「でも、今度は『なぜひらがななのか』を聞かれる」。(撮影:田村真紀夫)

  はしもと准教授は最近、地球大気の大循環モデルにおいて、条件の違いによる現象の変化を考えている。「たとえば、地球の自転が10分の1、あるいは100分の1の速度だったら、大気の循環はどうなるか。これは、多様な姿を見せる系外惑星の研究にもつながると思います」
  自転速度を遅くしてみると、今まで見たこともないような循環が現れたりもするという。  「まだやっている途中で答えが全然わからないのです。“遊び”と思ってやっているうちにそういうものが得られた。なぜそうなっているのか、モデルが悪くてありえないものが見えているのか、これが現実でも起こるのか。まだちゃんとした研究にもなっていないんですけど、いろいろと調べていく予定です」。宇宙と地球の「なぜ?」を追求するはしもと准教授。研究の続報が楽しみである。

 <コラム>未来の研究者、募集中

  はしもと准教授は、興味をもった分野がいろいろあったなかで「授業が一番楽しかったから」地球惑星科学を選んだ。そして、「自分だけこんなに楽しんでいるのもなんだか申し訳ない気がして、もっと社会に還元しないといけないと思った」ことがきっかけで、宇宙科学研究所(現 宇宙航空研究開発機構)に在籍していた2002年に、高校生向けの実習イベント「君がつくる宇宙ミッション」を立ち上げた。大学院生が主導で行うこのイベントには、毎年、日本各地の高校生からたくさんの応募がある。

  このイベントを立ち上げたもう1つの理由は後継者不足。惑星科学の人気が低下しており、進学しても修士で研究から離れてしまう学生が多い。はしもと准教授は、このままではこの分野の研究が先細りになってしまうと感じており、新規参入者の増加を期待している。

 

※この記事は、09年後期MAJESTy講義「科学技術コミュニケーション実習4B(吉戸智明先生)」において作製しました。

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