1

見えない星を追いかけて

~早稲田大学教育学部・大師堂経明教授~

早稲田大学でできる天体観測,と聞いてどんな想像をするだろうか。プラネタリウム?それとも望遠鏡?肉眼では見えない星に出会うために都会で天体観測が行われていた・・・もうひとつの宇宙「電波天文学」への招待。今宵,空を見上げてみませんか?

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 見えない星を追いかけて
Share on Facebook
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip

【大都会の真ん中で】

 都会では空を眺めることなどほとんどありませんが、空気の澄んだ山里などに行くと、ふと見上げた夜空に瞬く星の数にいつも驚かされます。その小さな輝きに都会の喧騒を忘れる一方で、電灯で明るい街中ではこんな数の星はとても見られないなと、少し寂しい気持ちにもなってしまうものです。しかし、大都会・東京の真ん中で星を、それも“見えない星”を追い続けている人がいました。早稲田大学教育学部教授、大師堂経明先生。電波天文学の最先端を行く人です。

 「天文学者」と聞くと、大きな天文台で望遠鏡を覗いている人物を思い浮かべるかもしれません。けれども、目で見ることが星の姿を知る唯一の方法ではありません。天体の様子を知るために、私たちが普段目で見ている光、つまり「可視光」ではなく、「電波」を使う方法が考え出されました。

 星などの天体の中には、電波を放射しているものがあります。それをうまくキャッチして天体の様子を探ろうとするのが「電波天文学」です。光よりも波長が長い電波は途中で障害物に邪魔されにくいため、光を通さない天体の後ろ側にある星、つまり目では見えない星さえ観測することが出来ます。

 もちろん、電波自体も人の目には見えないものですから、普通の望遠鏡ではなく、「電波望遠鏡」と呼ばれるパラボラアンテナを使ってとらえます。電波天文学の発展によって、規則正しく電波を放射する“パルサー”や、遠くにある上にあまりに明るいために恒星のように見える銀河“クェーサー”などの新しい天体が次々と発見されました。
 電波を観測することで、普通の光で見た時とはまた違う、もうひとつの宇宙の姿が見えてくるのです。まさに、「見えない星を見る」学問が電波天文学と言えるでしょう。

【キャンパスの上に望遠鏡!?】

 大師堂先生は、早稲田大学の西早稲田キャンパス15号館の屋上に設置した64台の電波望遠鏡を使って、天体の観測を行なっています。この電波望遠鏡は先生が独自に設置したもので、海外からも多くの視察の人々が訪れるほど有名なものです。それにしてもなぜ、そのような最先端の望遠鏡がビルの屋上という、決して広くない場所に作られたのでしょうか?

 実は、先生が早稲田大学に着任した1970年代当時、既にアメリカやヨーロッパではもっと大規模な電波望遠鏡の開発が始まっていました。電波望遠鏡は普通、アンテナの口径が大きければ大きいほど、天体をよりはっきりと見ることができるようになります。しかし、大きな望遠鏡を作るにはその重さに耐えうる構造が必要になるため、費用や力学上の問題でどうしても大きさに限界がありました。
そこで考案されたのが、長いケーブルで結んだ小さな望遠鏡を複数設置する「電波干渉計」という観測装置です。この望遠鏡の登場のおかげで、大きなアンテナを作らなくても非常に精密な電波観測ができるようになったのです。


 アメリカはVLAと呼ばれる巨大な電波干渉計を建設し、他に先んじて大きな成果を上げました。さらに欧米では、ケーブルで結べないほどの長距離間での観測を可能にするVLBI(超長基線長干渉計)の開発が盛んに行なわれていました。国際学会に参加した大師堂先生は、当時は「必死でノートを取るばかりで、議論には加われなかった」と言います。それほどアメリカやヨーロッパは、圧倒的な研究を行なっていたのです。

【新たな発想が生んだ望遠鏡】

 このような激しい研究競争の中で研究を始めるにあたって、大師堂先生は今までの電波干渉計の欠点に注目しました。VLAは、アンテナの間隔を変えられるようにした干渉計方式の電波望遠鏡であり,天体から放射された電波をアンテナの間隔を変えながら何ヶ月にも渡って観測します。沢山のアンテナを使っていますが、得る情報は、すべてのアンテナからペアとなるすべての組み合わせを考えて、各ペアが作り出す様々な干渉縞を毎日ため込んでいきます。

 同じ天体を何回にも分けて観測しなければならないので、途中で明るさや構造が変わってしまうような天体はうまく観測することができません。必要なすべての干渉縞をとり終わるまで、天体は同じ状態をたもっていなければなりません。 このような制限があるため、短時間で変動する天体を観測するには、別の方法を考えねばなりません。

 そこで先生は、64台のアンテナを等間隔に2次元的に設置する観測装置を思い立ちました。64台のアンテナで受けたそれぞれの電波の波の様子は、天体の方向が異なると山と山が重なったり山と谷が重なったりします。もちろん、これは世界で初めての試みでした。
 とはいえ、このように巨大な観測装置の建設にはたいへんなお金がかかります。年度ごとでしか予算がつかない状況下では、いかに安く建設するかが最大の問題でした。校舎の屋上に建設したアンテナの受信機に衛星放送受信機を改造して用いたのは、なによりも「費用がかからない」からだったのです。苦労の末に完成したこの電波望遠鏡によって、先生は今までにない「星の動く姿」をとらえることに成功しました。

 大師堂先生は現在、栃木県那須高原に設置した8台の直径20mの電波望遠鏡でも天体観測を行なっています。この望遠鏡も、先生独自のアイディアが活かされた新しい形のアンテナが採用されています。1日だけ明るく輝く電波天体が次々と発見され、多くの大学院生が博士論文を書いています。VLAの観測グループも、過去のデータを再解析して、似た天体の存在を確認しました。新しい観測方法を見出すと、世界も対等な競争相手とみなすようになります。
 目の前にあるものだけにとらわれない自由な発想で、先生は電波天文学の最先端を走り続けているのです。

【文化としての天文学】

 「今まで見ていなかった領域を見ることが、ものすごく面白い」――宇宙の魅力をこう語る大師堂先生は、天文学の「文化」としての側面を強調します。
古代より人々は、星々をつぶさに観察してきました。宇宙は人々の憧れと想像をかきたて、そこから芸術や思想など、様々なものが生まれました。それらは今でも、文化の一部として私たちの生活の中に息づいています。大師堂先生の研究は、はるか頭上に広がる「新しい世界」の存在とその面白さを、改めて私たちに教えてくれます。尽きせぬ世界の広がりを楽しむことができる、そんな豊かな文化を大事にしたいものです。
 研究だけでなく、先生は教育活動も熱心に行なっています。先生は学生たちの中にも、未だ見えない「星」を見出そうとしているのかもしれません。

j-logo-small.gif

 

※この記事は、2007年後期のMAJESTy講義「科学コミュニケーション実習1A」において、横山広美先生の指導のもとに作成しました。

合わせて読みたい

  1. 生物学とアート、そして生命 ~研究者の心の旅
  2. 果てなきアスベスト問題(1)
  3. 女性と骨粗しょう症
  4. 現代の産婦人科が抱える問題
  5. 小児がんの子どもたちを描いた映画の上映会とトークショーが開催