ウォッカに「孤軍奮闘」して25年
東京都中野区でウォッカ専門のネットショップ「ヴォードチカ」を経営する遠藤洋子さん(79)は昨年9月、「日本ウォッカ協会」を設立した。かつてソ連崩壊で人気銘柄の輸入が止まり、愛好家が途方に暮れた時期、数少ない専門輸入業者として人気6銘柄の輸入再開に「孤軍奮闘」した。今回の協会設立の背景にも、自分が守ったものを次世代に伝えていきたいという思いがあるのだという。
(トップの写真:「スタルカ」を手に微笑む遠藤洋子さん。事務所の棚にはさまざまな銘柄のウォッカが並ぶ=2019年5月18日、東京都中野区、中西慧撮影)
ウォッカはロシアの伝統的な蒸留酒だ。普段の食事はもちろん、結婚式や葬式などでも飲まれる。普段の遠藤さんはそれほど冗舌ではないが、ウォッカについて語りだしたら止まらない。「ろ過を繰り返して『純粋さ』を追求するお酒。クセがないし、油っこいロシア料理にも合うんです」とその魅力を語る。店名も日本語に訳すと「ウォッカちゃん」。ウォッカへの愛情がこめられている。
東京都豊島区出身。ロシア語を学ぶ親戚に囲まれて育った。それがロシアへの「不思議な親近感」につながった。大学卒業後は通訳をしていた縁でロシア関連の輸入会社を経営し、ソ連崩壊後に新生ロシアで生まれた新しいウォッカをロシア大使館の友人に紹介された。それが酒類輸入業に携わる契機になった。
だが、新銘柄の販売は振るわなかった。5年ほど取り組んだ頃、得意先の酒販店やバーテンダーから相談を受けたことが転機になった。「昔の銘柄はうまかった。なぜ今手に入らないのか」。ソ連崩壊の混乱で輸入が止まった銘柄を復活させる方が喜ばれる。そう確信した。
輸入再開に尽力した銘柄のうち、最も思い入れがあるのは琥珀色の「スタルカ」だ。林檎や梨の葉を浸けた酒やポートワインなどをウォッカに加え熟成させることで作られる。ブランデーの香りと多層的な甘みが特徴で、90年代の日本でも人気を博した。
「スタルカ」の商標を管理するモスクワの国営企業へ商談に赴いた。だが、最初は真面目に取り合わってもらえなかった。
「『年に10コンテナ分を買ってくれるのか』『どこに売るのか』と馬鹿にしたような聞き方をしてくる。情けない、悔しい思いだった」
5年間現地に通いつめた。日本でウォッカは普及していないこと、その中で自分が奮闘していることを説き続けた。次第に担当者も折れ、約10年ぶりに「スタルカ」の発売が日本で実現した。
「輸入できた商品は、苦労して生んだ娘みたいな存在。『かわいい』ですよね」
今の課題は、ウォッカの知識を次世代に繋ぐことだ。年齢もあり、昨年6月には輸入権を大手企業に譲渡した。その後に立ち上げたウォッカ協会の会員数は現在250名ほどだ。これまでにウォッカの楽しみ方を学ぶセミナーを2回開催し、今後は「ウォッカ・ソムリエ」の育成なども企画する。
事務所の棚には、自身が輸入に携わったウォッカの瓶が並ぶ。その一本一本に遠藤さんの思い出が詰まっている。
この記事は2019年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(柏木友紀講師)において作成しました。
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