落語授業

「落語を通し、面白い先生を育てたい」

 早稲田大学教育学部で、落語を通して教員の授業技術向上を目指す講義が行われている。教職課程の授業のひとつで、講師は現役の落語家。落語の導入部分「まくら」や、観客との真剣勝負の様は、授業で生徒と向き合う教師の姿勢と通じるところがあるという。「面白い先生」の養成を目指す、同学部国語科の講義をのぞいてみた。

(トップの写真:落語の実演に聞き入る金原亭馬治さん(手前)と金井景子教授(左奥)、学生たち=2018年6月29日、東京都新宿区の早稲田大学、門間圭祐撮影)

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 「さかのぼること千数百年、和歌のバイブルともされた古今和歌集なるものが編集されていましたが、私は日本人の気質とは千年経っても変わらないなぁなんて思うんですよ…。」学生が落語「和歌三神」を始めると、教室はたちまち寄席に様変わりした。2018年6月29日の5時間目、「国語科授業技術演習」が行われていた。教員志望者向けに開講された講義である。15回の授業のうち4回、落語家の金原亭馬治さん(41)を講師に招いて、学生が直接落語の指導を受ける。残りの11回は、落語寄席の見学や国語の授業の作り方について学ぶ。この日は3名の学生が落語を披露した。

 8年前、教育学部の金井景子教授(61)と馬治さんは、この講義を立ち上げるため、準備プロジェクトを開始した。金井教授は実践的な授業を企画する際に、「授業を受けている生徒一人ひとりの背景を考えながら授業ができる先生を育てたい」と考えていた。ただ話術を教えるだけではマニュアル化し、一日に何時間も授業を受け続ける生徒に飽きられてしまう。そんなとき、「いつも目の前の観客一人ひとりと真剣勝負をしているのは落語家ではないのか」と思い至ったという。

 馬治さんは当初、教職科目で落語を教えるという未知の試みに不安を感じた。しかし、落語も授業も「難しいことをわかりやすく伝えるという点では一緒だ」と思い、引き受けた。

 この講義では、ただ落語を覚えて披露するのではなく、落語の「まくら」を自分でつくることを目標としている。「まくら」とは、落語家が本題の話を始める前に、観客の理解を助けるために話すオリジナルの導入部分のことである。落語に適した「まくら」を作ることは、教師が授業の内容に適した魅力的な「導入」づくりにつながるからである。

 学生の落語披露が終わると、馬治さんが口を開いた。「『まくら』から本題に入るとき、はっきりとこれからが本題だと聴衆にわかってもらわないといけない」。「間」の大切さを指摘したのだ。「間」とは、セリフとセリフの間にあえて沈黙を作ることである。「自分で話をしながら、聴衆の反応を観察することで、はじめて『間』というものが作れる」のだという。

 真面目な教員ほど、教えたい気持ちが強く、一方的に生徒に語りかけ、たくさんの言葉をノートに取らせてしまう。生徒がどれだけ自らの言葉を受け取れているのかを観察する、「教員にとっての間」は授業には必要なのだ。

 講義では、「面白い先生」を育てたいと考えている。生徒ひとりひとりの立場で考え、話ができる、多様な価値観をもった先生。しかし価値観とは、簡単に理解することはできない。人間の生活観や生活信条から学ぶ必要がある。金井教授は、「落語は登場人物の身分や性格が異なり、多様な価値観が存在する。実際に演じることで、自然といろんな人の身になって考えられるようになる」と語る。ここに、落語を演じる意味があるという。

 講義で学んだことは、一生の財産にもなる。金井教授によると、現在教員をしている元受講生の男性は、落語を学んだことで変わった。受講前は、真面目で、引っ込み事案だったという。しかし、落語を人前で披露するうちに積極的になり、その後は青年海外協力隊にも参加した。派遣された土地で落語を披露すると大盛況だった。講義が、自分に自信を持つきっかけになったという人が多いという。

 金井教授は、「今でも、仕事で疲れた時に、落語を聞くという卒業生がいる。いい趣味になったようです」。落語を通じて、授業技術だけでなく、人生も豊かな「面白い先生」を育てる講義は、来年度も開講する予定という。

 

この記事は2018年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(柏木友紀講師)において作成しました。

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