「ドキュメンタリー」で脚本・演出を担当した川口コウさん=2017年7月、東京都新宿区西早稲田、河野さくら撮影

現代劇「ドキュメンタリー」が盛況

早稲田大学の劇団「森(しん)」が今年6月末から上演した現代劇「ドキュメンタリー」が、盛況で幕を閉じた。全6公演の観客動員数は計250人で、最終日には当日券を求めて観客が列をなした。男女の恋愛バトルや人の生死といったいわゆる劇的な展開はない。しかし、なぜこの劇は人気を集めたのだろうか。脚本・演出を担当した早稲田大学文学部3年の川口コウ(21)さんに、作品にこめた思いを聞いた。

(トップの写真:「ドキュメンタリー」で脚本・演出を担当した川口コウさん=2017年7月、東京都新宿区西早稲田、河野さくら撮影)

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「ドキュメンタリー」は6月30日から7月3日まで全6回、早稲田小劇場どらま館で上演された。「ドキュメンタリー」の登場人物は川口さん自身を含め8人。シェアハウスに住む男女6人の学生のもとに、新しい入居者「ことみ」が現れた。「ことみ」は少しずつシェアハウスのメンバーと仲良くなる。「なんかいいことないかなあ」と日常を嘆くメンバーに、ことみは自分が台本を作り、メンバーがその台本通りに行動して、その様子を動画配信していくことを提案する。

住人達は、それぞれ理由を付けて家から出ていく。九州一人旅に出る者、彼女との同棲を始める者、単にパンを買いに出る者、といった具合だ。最後に何も理由無く出ていく瑞樹は「(私は)何も背負っていない。辛いなあー」と叫ぶ。その後、最後に映し出されるのは楽屋で川口さんが役者を労うシーンだ。役者達も日常に戻っていく。

 

クライマックスで何も起こらない? 

私たちがドラマや劇を見るのは、「何か面白いことが起こらないかなあ」という感情からであろう。だとしたら、この劇は逆説的だ。クライマックスでいわゆる劇的なことは、何も起こらないからだ。筆者も上演中の1時間40分、「ドラマ」を探そうと必死だった。

「特段のドラマは無くていい。日常を生きることをドラマにしたい。毎日何かしら求めていて、普段の出来事に明るさや面白さを探せたらいい」と、川口さんは語る。

川口さんは場面転換ごとに、「3日後」とナレーションで区切りを入れた。見ている私たちは「3日後」に何か起こるだろうと期待する。しかし、何も起こらない。最初と最後には、「みなさんがこれからご覧になるのはすべてドキュメンタリーです」という字幕が幕に映る。

ドラマを探さなくても私たちの日常は、人生は、十分ドラマとして成り立つ、いや日々を懸命に生きることで結果的にドラマティックになっていく、というメッセージなのかもしれない。何かいいことが無いかなあと思ってドラマや劇に期待して見ているうちは、きっと何も起きない。川口さんは「日常がつまらないなあ、何か面白いことないかなあ、と劇に期待を持って見にくるお客さんに、日常にも何かあるよ」と訴えたいと思い、この劇を作ったという。

川口さんは劇と日常の「交点」を示す工夫を随所に施していた。例えば、舞台の前半に学生が頼んでいたピザが、実際に舞台の終盤に届く。ことみと瑞樹が喧嘩をするシーンで、実際に現実世界のピザ屋の店員が、届け先が上演中の劇場であることに当惑しながら劇場の入口から入ってくる。そして喧嘩は止まる。ナレーションを務めていた川口さんがお金を払い、客席の視線は一気に川口さんに集中する。「普段、家でカップルが喧嘩していても、Amazon(インターネットを経由した宅配サービス)が届いたら、そっちに気を取られてしまう、そんなもんでしょう」と川口さんは語る。

今回、観客からは、「何が芝居で何がそうでないか、分からなくなっていく。自分もシェアハウスの住人のような気がしてきた。やみつきになりそう」という声が上がった。

ことみは誰しも持っているであろう「何かないかなあ」という感情を分かりやすく示してくれた。そして何も理由なく出ていくことに辛さを感じる瑞樹。もし見ていて瑞樹の「辛さ」に共感している自分がいたとしたら、劇的なことを求めている印かもしれない。

 

この記事は2017年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(柏木 友紀講師)において作成しました。

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