菅野さん

早稲田の鐘の守り人 偶然重なり担当10年

 早稲田大学のシンボルである大隈講堂では、午前8時から午後9時まで日に6回、時計塔の最上部に設置されたハンマーが大小四つの鐘をたたき、荘厳な音を奏でる。1927年に建てられて以来、早大生に親しまれてきた音を守るのは、共栄音響の菅野光浩さん(53)。2007年から鐘の保守を担っており、「大学の象徴にかかわれることは誇りです」と話す。

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 菅野さんが共栄音響に入社したのは、勘違いがきっかけだった。20歳のときに就職したテレビやラジオ番組の音声を編集する会社を1年でやめ、上司とともに起業したが失敗。求人広告を見ていると音響の調整器具を操作している写真に目が留まった。「今までと同じ仕事ができる」と思い込み、24歳の時に共栄音響への入社を決めた。

 ところが、実際の仕事は学校に放送設備などを売り込み、保守することだった。詳しい説明もないまま一人で営業に出され、自分であいさつの言葉を考えて都立高校を専門に回った。「調布養護学校(現在の都立調布特別支援学校)で初めてビデオカメラを買ってもらった時は本当にうれしかった。今でも覚えていますよ」。希望した仕事ではなかったが、それまでは上司の命令に従って働いていたので、自分で段取りを組めるのは楽しかった。非効率でも最初から最後まで自分個人に仕事を任せてくれる社長や会社の雰囲気に居心地の良さを感じ、「この年まで働き続けることができました」と笑う。

 早稲田大学の仕事を担当することになったのも、偶然からだった。30歳の時、内臓の疾患で1カ月仕事を休んだ。営業より負担が少ないからと、回ってきたのが大学の担当だった。

 当初、任されたのは、教室のAV・拡声設備や非常放送の設置と点検、卒業式や入学式など行事の音響担当といった業務だった。14年度まで卒業式が開かれていた戸山キャンパス(新宿区戸山1丁目)の記念公会堂は、音響設備のハウリングがひどく、マイクの調整は前夜10時過ぎまでかかった。失敗が許されない仕事なので、気を使ったという。

 時計塔の保守点検を担うようになったのは07年から。勤務先の共栄音響が、創立125周年に合わせた講堂の改修工事を施工したことが縁となった。

 大隈講堂の鐘は、指定した時間に送られる電気信号に反応し、ワイヤーに引かれたハンマーが動く仕組み。毎年3月には、定期点検のために同僚と2人で脚立を持って36mの階段を上る。半日かけてワイヤーの張りを確認し、機構部のギアを点検して電圧を測定する。

 鐘が鳴らなくなってしまった場合は修理のために駆けつける。これまでに、ワイヤーの緩みでハンマーが十分に引っ張られず、一つの鐘だけが鳴らなくなったり、信号を送るプログラムタイマーが起動せず、すべての鐘が鳴らなくなったりしたことがあるという。講堂は国の重要文化財に指定されており、「時計塔の仕事にはプレッシャーを感じる」と言う。

 「創建当初からある鐘が、万が一にも落ちたら取り返しがつかない。ミスは許されないので、徹底した保守点検を心がけています」大学の仕事を始めて来年で25年になる。「早稲田大学で仕事をしていることは私の自慢です。これからもずっと早稲田に携わっていきたい」と話す。

 

 

 この記事は2016年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(林 恒樹講師)において作成しました。

 

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