「ちきゅう」での研究風景(右が氏家さん)。作業着にヘルメット姿は、フィールドでの調査ならでは。提供:海洋研究開発機構

圧倒的な自然に対し純粋な気持ちで挑む

 氏家恒太郎さんは、地質学者。沈み込みプレート境界で発生する地震に関する研究が専門だ。統合国際深海掘削計画に参加し、海底深くの地質調査に携わっている。そして、掘削調査で得られた地質サンプルを実験室に持ち帰り、摩擦の性質や微細構造を調べたり、化学組成の分析などを行う。現在は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震を引き起こしたとされるプレート境界の調査に挑んでいる。氏家さんに、日々の研究活動を聞いた。

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気がつけば、地質学者

撮影:高田成海

  氏家さんは大学生の頃から地質学に興味を持った。それ以来、研究一筋。「本質を理解したい」というモチベーションを、常に大事にしている。いま振り返ると特別なきっかけはなかったようだが、研究を続けているうちにおもしろくなり、気づいてみれば研究者になっていたという。大学院修了後、海洋研究開発機構での研究員生活を過ごし、2010年に筑波大学に准教授として着任した。研究員時代との違いは、自分の研究時間の確保が難しいことだ。ただし、大学という環境のメリットもあるという。「研究室の学生たちとともに、チャレンジングな研究やリスクを伴う研究に果敢に取り組んでいけるようになりました」。

  研究は、2つの現場で行われる。実際の断層に赴いて調査を行うフィールドでの活動と、サンプルを持ち帰って地震の際に断層で発生している摩擦すべりを再現する実験室での活動だ。どちらが好きかと言えば、フィールドだそうだ。休日は、趣味の草野球に汗を流したり、家族と外出をしてリフレッシュする。休みの日に、一日家にいるということは考えられないという。研究もプライベートも、アウトドア派だ。

 

深海掘削船上で生まれるshipmateとの絆

  氏家さんは、沈み込みプレート境界で発生する地震のメカニズムを研究している。いくつかある研究アプローチの中で特に大がかりなものが、深海下にある活断層の掘削調査だ。氏家さんはこれまで、南海トラフ、コスタリカ沖中米海溝、そして東北地方太平洋沖地震の震源域での掘削に参加してきた。

深海掘削船の1つ、地球深部探査船「ちきゅう」。2012年4月1日~5月24日に、東北地方太平洋沖地震調査掘削を行った。氏家さんもこの調査に参加した。
画像提供:(独)海洋研究開発機構

  調査では、巨大な深海掘削船に乗り込み、現地で約2カ月間を過ごす。他の研究者や掘削技術者、操船技術者などが集まり、海外のスタッフも数多い中で、氏家さんが決断を下さなければならない場面もある。氏家さんは、「とりあえず、周囲の人の意見は全部聞いた上で決断する」という。独断はしない。「自分が若手の頃は、どんどん自分の意見を言うタイプでした。当時、決断を下す立場にあった方は、僕のような若手の意見も聞いてくれました。そして、様々な意見を聞いて、決断に至るオプションをいくつも持っていました。そういう姿勢に感銘を受けて、自分でも実践しようとしています」。

  長期間、共に船上で過ごすと、周囲の研究者との関係がより深くなる。「仲良くなると、普段の交流の中で生まれる友達とは違う、絆のようなものが生まれます。そういったshipmateとは、航海が終わっても連絡を取り合う仲です」。大勢のスタッフと過ごす中で、生活面で不自由を感じたことはないという。「乗船中、一切お酒が飲めないことが辛いぐらいですね」。

「ちきゅう」での研究風景(右が氏家さん)。作業着にヘルメット姿は、フィールドでの調査ならでは。
© JAMSTEC/IODP

  深海掘削船での研究生活は楽しいことばかりではない。肉体的には、過酷だ。しかし、それでも参加し続けるのは、深海掘削調査の重要性と共同研究の醍醐味があるからだという。「掘削船では、たくさんの研究者が同時進行で研究していて、自分の出した結果と他の研究者が出した結果をすぐに照らし合わせることができます。すると、すぐ、その場で新しいことがわかってくる。それが楽しいんです」。

地球にも、人にも、誠実に向き合う

  研究には失敗がつきものだ。事前に立てた仮説が崩れてしまうことも珍しくない。氏家さん曰く、「自然界がもつ圧倒的情報量の前に、人間の立てた仮説などもろくも崩れてしまいます」。しかし、「そこからが楽しいんです。うまくいくようにいろいろと考えながらデータをどんどん増やしていきます。すると、自分のもっているデータを論理的にすべて説明できるモデルはこれしかない、というところまで考えを絞り込むことができます。そして、それが最終的に論文となっていきます」。冷静な語り口が、研究の話になると熱がこもる。

  氏家さんは自らの研究を「純粋な理学的基礎研究」と位置づける。「私は地震時に断層がすべる仕組みを理解することを目的に研究しており、地震・津波の科学を取り扱っています。ですので、地震の予測や危険度評価には直接役に立たないでしょう。それよりも、地震時に断層で何が起こったのかを出来るだけ分かりやすく社会に伝え、地震・津波の本質を理解するのに少しでも役立てればと考えています」。

図4 「ちきゅう」における、国内外の研究者や技術スタッフとのディスカッション(右が氏家さん)。
撮影:東北大学大学院理学研究科助教・久利美和氏

  氏家さんの研究スタンスと、深海掘削船でのたくさんのスタッフとの協働には共通するものがある。それは誠実さだ。自分の研究に対しても、周囲の人たちに対しても、誠実に向き合う。氏家さんの関わる東北地方太平洋沖地震の震源域を対象とした研究は、現在も続いている。

 

 

この記事は、「科学コミュニケーション実習1」において、吉戸智明先生の指導のもとに作成しました。

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