自死遺族NPOの田口まゆさん1

死に方によって差別されない社会を求めて 自死遺族NPOの田口まゆさんに聞く

 今年、有名人による自死が相次いで報じられた。5月に人気リアリティー番組の出演者で女子プロレスラーの木村花さんが、7月には人気俳優の三浦春馬さんが自死した。ネット上では、遺族を傷つけかねないような書き込みもある。こうした状況に、自死遺族NPO法人セレニティ代表の田口まゆさん(46)は懸念を投げかける。「遺族に追い打ちをかけるようなことはやめ、今はそっとしておくべき」。田口さん自身も父親を自死で亡くし、自死遺族ということで差別を受けた経験を持つ。今回、世間ではあまり認知されていない自死遺族への差別や、田口さんのこれまでの取り組みについて話を聞いた。

(トップ写真:田口まゆさん=自宅で、田口さん提供)

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 父親が自死をしたのは、中学生の時だった。父親の死後、学校へ行くと、教室で教師に「前へ出ろ」と言われた。教師の言う通りに生徒たちの前へ立つと、続けて教師は言う。「これからもよろしくお願いしますと言いなさい」。田口さんは「訳が分からなかった」と怒りを露わにしながら語る。「父が自死したからと言って、何故私がこんな目に遭わなければならないのか」。説明もなしに突然頭を下げるよう言われ、当時頭の中が真っ白になった。ただ漠然と「お父さんが悪いんだろうな」と考えながら、渋々教師の指示に従った。

  自死遺族への差別は数多く存在する。例えば、自死で亡くなった人の戒名に、自死をほのめかす言葉を入れられることがある。その他、賃貸マンションで自死に至った場合、遺族に法外な損害賠償が請求されることもある。遺族も、近親者が自死したという後ろめたさから請求をのんでしまうことがほとんどだ。自死遺族へのこうした差別は、世間ではほとんど知られていない。自死遺族への差別が社会に認知されていないことを知った時、田口さんは衝撃を覚えた。そして状況を変えたいと感じ、セレニティを設立した。

 セレニティではお茶会や講演会を主催し、自死遺族との交流や啓発活動を行っている。活動の一つとして、「分かち合いの会」(現在、コロナ禍の影響で活動を休止している)がある。「言いっぱなし、聞きっぱなし」を旨とした会のことで、聞き手は話し手の批判をしてはならず、話し手は思う存分胸の内を語ることができる。「分かち合いの会」は、他の自死遺族団体でも広く行われている。セレニティを始める前、田口さんも他の団体が主催する会に参加したことがあり、出席者の言葉に励まされたという。また、セレニティでは、「悲しみ比べ」をしないことを原則としている。悲しみ比べとは、それぞれが抱えている悲しみを自分と人とで比較しないことである。しかし、悲しみ比べをしないというルールがあっても、「自分の方が『より』辛い体験をしているんだ」と言う人がどうしても出てきてしまうという。一方で、大切な人を失ってしまった遺族の悲しみの根深さを物語っているとも言える。

自死遺族問題について慶應義塾志木高等学校で講演する田口まゆさん=2019年9月20日、田口さん提供

 これら活動以外にも、ブログやYouTubeを通しての情報発信も行っている。また2013年には参議院選挙に立候補するなど、精力的に活動を行っている。田口さんの主な問題意識は「死に方によって差別を受けるのはおかしい」ということだ。大前提として当然、誰にも自死してほしくはない。結果として自死に至ってしまった場合、亡くなってしまったことは非常に悲しいことだ。けれどもその人が一生懸命生きたことに間違いなく、自死も含めて彼らの生きた証を認めてあげたいというのが田口さんの考えだ。しかし、自死で人生を終えた人は死に関することばかりが取り上げられてしまう。三浦春馬さんも同じだ。「三浦春馬さんがどう生きたのかに焦点を当てるべきではないのか」と田口さんは話す。

 また、死を排除しがちな社会にも疑問を抱いている。「生きる権利があるなら、死ぬ権利もある」。「死ぬことを考えることは、生きることを考えること」。これらは、海外で安楽死を選択したある日本人女性が、NHKスペシャルで語った言葉で、田口さんは「印象的だった」と語る。社会は死についてオープンに語ることを忌避する傾向にある。しかし、人はいつか死ぬ。また死にたいと考える人もいる。「何故死にたいと考えるのか。その背景を探ることこそ本質的ではないのか」。安楽死についても、より踏み込んだ議論が必要だと語る。

 一方で田口さんは、あるジレンマを抱えている。「自死遺族であることにたまにうんざりする時があるんです」。田口さんは確かに自死遺族ではある。しかし自死遺族という肩書きは、田口さんの一部ではあるものの、全てではない。そうした葛藤を抱え、今はとにかく模索中とのことである。

 何故、自死遺族の活動をずっと続けているのかという質問を投げかけてみた。すると「幸せになりたいんです」。「活動を通じて、自分が抱いた悔しさ、怒りを一つずつ昇華している」のだと語った。

 

※この記事は2020年春学期「ニューズライティング入門」(朝日新聞提携講座)」(岡田力講師)において作成しました。

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