1助産師・清水幹子さん

「妊婦はPCR検査が受けられないの」助産師・清水幹子さんの疑問から全額補助に

 貧困、医療崩壊、東京オリンピック2020延期……新型コロナ肺炎によって発生した問題は数多くあるが、影響は出産の現場にも出ている。体調の悪い妊婦と夫が保健所でPCR検査を断られたケースがあった。「なぜ妊婦はPCR検査が受けられないの?」と東京都助産師会の有志が集まり、妊婦とその家族に対する新型コロナへの対応の改善を国に要望し、PCR検査希望をする妊婦に全額補助をする予算を勝ち取ることができた。今回、有志の一人である東京都助産師会地区分理事で助産師の清水幹子さん(44)に、出産の現場や活動の経緯を聞いた。

(トップ写真:清水幹子さん=SNSプロフィール画像より)

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 4月上旬、清水さんが所属する助産院に通院していた妊婦と夫が体調不良になり、「もしコロナに感染していたら助産師やほかの妊婦たちに迷惑がかかるかもしれないため通院できない」との連絡が入った。助産院はもちろん産婦人科でもPCR検査はできない。さらに産婦人科では新型コロナ肺炎にかかった場合、ほかの妊婦や患者に感染する恐れがあるため、PCR検査で陰性と証明してから診療できるという状況だった。

 なんとかできないかと、清水さんは都内近隣の保健所に妊婦と夫のPCR検査を電話で依頼を試みたが、一向に連絡がつかない。ようやく保健所からメールで返ってきた対応は、「もしコロナに感染していないのに、保健所で検査しに来たことで、コロナに感染する恐れがあるから妊婦は来ないでほしい」という内容だった。

 この返答に対し清水さんは、「妊婦は保健所に来ないでほしいとはおかしいのでは?」、「感染に心配のある妊婦さんがすみやかにPCR検査できない状況はおかしいのでは?」、「新型コロナにかかった妊婦さんはどういう風な流れでしかるべき医療が受けられるのか?」と、この三つを保健所に質問したものの、明確な答えは出なかった。しかし、保健所が繋げた産婦人科の嘱託医が特別に診療時間外に別室をもうけ、妊婦検診の了承を得ることができた。その後、幸いその妊婦と夫は二週間の自宅待機で回復したため、また助産院に通えるようになった。

 「もしこの二週間のあいだに妊婦さんが体調を崩して、お母さんと赤ちゃんの命に影響があったら保健所はどうしてくれるんだろう」。清水さんは妊婦とその家族に対する新型コロナへの対応を改善させるべく、東京助産師会で声を上げる人たちとともに署名活動を始めた。

 清水さんたちは5月13日に厚生労働大臣の加藤勝信氏に緊急要望書を提出。さらに小児科医で立憲民主党の阿部知子・参議院議員が、この要望書について、国会で代表質問をした。そして5月下旬、PCR検査希望をする妊婦に全額補助をする予算が下りた。清水さんは「保健所やいろいろなところに悔しさや怒りをぶつけたが、妊婦や家族たちに結果を残せてよかった」と話す。新型コロナによる助産師の現場で起きた問題からの大きな一歩だった。

助産師として出勤中の清水さん

 しかし、トントン拍子で解決に向かったわけではない。清水さんの働きかけにもかかわらず、東京都助産師会という組織全体は動かなかった。母と子を守る立場である助産師の立場だからこそ、助産師会でも新型コロナに対する対応について反対意見が多かった。なかには「妊婦が陽性だった場合、ただでさえ少ない助産院でのお産がより減少してしまうのではないか」と危惧する声もあった。しかし、清水さんは「もし二人の命を救えなかった時、PCR検査をすればよかったという後悔だけは避けたい」と主張した。賛同した人は10人も満たなかったが、それでも署名活動を続け、国家予算を得られたのだ。

 現在でも清水さんが勤める助産院では、妊婦に触れる際には最善の感染対策を徹底している。人気だった出産準備クラスなどはほぼ全てオンラインに変更。立ち会い出産も必ずしていたそうだが、「赤ちゃんの頭が見え始めてようやく家族に来てもらうようにしている」となるべく密集をさけた出産を心がけている。しかし、いつ従来の対面型に戻すのかという議論が助産院の中でも続いている状態だ。さらにオンラインや密接を避けた診療に不安を覚えた妊婦たちも少なくない。

 清水さんは助産師として日夜出産の現場で働くだけでなく、東京通信大学や様々な大学で助産師学などの非常勤講師でもあり、東京都府中市のコミュニティーラジオ番組『アイノカタチ.chu』の司会進行企画も務めている。さらに二児の母として日々育児にも励んでいる。

 そんな清水さんにとって、助産師の現場は負担ではないのだろうか。「出産をしている女性はものすごく輝いていて美しいんですよ」と、清水さんは身振り手振りを使って出産の感動を話す。全身全霊を込めた妊婦が、新たな命を産む姿に内側から輝く壮大さがあると、清水さんは出産に立ち会うたびに涙している。「だからこそやめられないんですよね」と、清水さんは助産師としての熱い想いを、笑いながら教えてくれた。

 清水さんは性(セクシャリティ)によって命が芽生えると話す。助産師であり、時にラジオパーソナリティや大学講師と務める清水さんは、より多くの人が望むような出産と性を送ることを願い、様々な場面で奮闘し続けている。

 

※この記事は2020年春学期「ニューズライティング入門」(朝日新聞提携講座)」(岡田力講師)において作成しました。

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