旅人たちの止まり木に
カフェから旅の魅力を発信する尾林安政店長
東京都新宿区、早稲田通り沿いにある「喫茶 タビビトの木」は旅をテーマにしたカフェ。尾林安政店長(47)がこれまでに訪れたタイやインド、チベットなどの料理を提供する。今年5月でオープンから1周年を迎えた。旅先で知らない人同士が集う「ゲストハウス」みたいな店にしたいという。日常の中で旅を感じられる場、そして人と人とが繋がれる場として、こだわりが詰まった店だ。
(トップの写真:中国で使われているティーポットを手にする尾林安政店長=2018年5月18日、新宿区西早稲田の喫茶タビビトの木、戸恒幾汰撮影)
早稲田大学から歩いて5分ほど。店名にもなっている「タビビトノキ」が茂り、旅の供だったライカのカメラや憧れの旅人たちの書籍が並ぶ。コーヒーはタイ・チェンライの農家を訪ねて直接契約したものを提供している。コーヒーを淹れるのも、料理を作るのも、メニューを考えるのも、全て一人で切り盛りしている。旅のことになると興奮気味に話す尾林さん。その人柄に魅了された常連客も少なくない。
1970年に東京都小金井市で生まれた。大学では部活の弓道に没頭。引退後、友人にタイへ行かないかと誘われたのがきっかけだった。それまであまり旅行自体に興味がなく、海外はおろか、国内旅行の経験も少なかった。
しかし、初めての海外では、日本とは何もかもが違うことに衝撃を受けた。「コンビニに並んでいるジュースが違うだけで面白かった」。その後も資金を貯めては旅を繰り返し、約20カ国を訪れた。
ゲストハウスのような喫茶店を
旅先では数多くのゲストハウスに立ち寄ってきた。ゲストハウスとは、バックパッカー向けの安価な宿で、共用のスペースがあり、ホテルとは違って宿泊者同士で交流できるのが特徴だ。行く先々で、様々な日本人旅行者と出会った。「日本ではそれぞれ違うけど、旅先だとみんな同じ旅人だから」。日本にいたら知り得ない価値観に触れられるのが楽しかった。
ベトナム・フエのゲストハウスで同い年の日本人旅行者と出会った。彼は火事で家が全焼し、全てを失って旅に来ていた。それでも旅や人生を楽しむ姿に驚かされた。一つ年下で、中学を卒業して働いていた人もいた。自分よりも社会経験が豊富で、「大学を出て企業に勤めるだけが人生じゃない」と思い知らされた。
「日本にいたら同じような考え方の人としか会えない」。旅先で出会う人たちには強烈な魅力があった。その場にいるだけで、無関係だった人たちが交流できる空間が好きだった。今も彼らとの交流は続いている。そして、「人と人とが繋がるゲストハウスみたいな、旅人たちの止まり木を作りたい」と昨年、喫茶店をオープンした。
「日常の中に旅を感じてもらいたい」と、メニューには旅先での思い出が詰まったものが並ぶ。おすすめは「チベット・ラサのバターティー」だ。インドで出会った旅行者から、紅茶なのに塩辛い、不思議な飲み物があると聞き、チベットを訪れた。最初は受け入れ難かったその味が、次第に癖になり、チベットへの旅の思い出そのものになった。日本人の舌に合うように試行錯誤を繰り返し、今では名物メニューに。これを目当てに来る人もいるほどだ。
常連さんが少しずつ増え、中には旅に興味を持ってくれたお客さんもいて、充実感もある。しかし、今も「旅がしたい」。体力もだんだん落ちてきた。旅のスタイルは変わっていくかもしれない。しかし、旅は終わらない。いつか彼がまた旅だってしまう前に、この店を訪ねてみてはいかがだろうか。
この記事は2018年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(柏木友紀講師)において作成しました。
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