構造設計の現場に迫る (1)
その建物は、見るからに異様な感じがした。一見、どこにでもある平凡な木造2階建てなのだが、敷地いっぱいに建てられ、非常に重苦しい印象なのだ。明らかに容積率をオーバーしているが、それだけではない。前面は駐車場で塞がれ、そのほかの三面が隣接する家に取り囲まれている。つまり、このアパートは法律上の道路に接していないのである。敷地の隅を細長く延長して公道とつないでいるのだが、建築の専門家であれば、ただちに違法建築であることを見抜くだろう。建築基準法上、敷地が道路に2メートル以上接していないと建物を建てることはできない。
奇妙なアパート
違法というだけでなく、おそろしく古い建物ではないか? そう思って、近寄って見ると、最近、外壁が塗りなおされたことがわかる。しかし、たとえ厚化粧をしたとしても、本当の年齢はごまかせない。築30年、あるいはそれ以上か……。 東京・東中野の商店街近くに建つこの建物の異様さに気づいているのは、どうやら私だけのようだった。商店街から流れてくる人々はだれも気を止めない。デザイン上の特徴がすこしでもあれば、立ち止まって見る者もいるかもしれない。ところが、これは、デザイン上の特徴がまったくないことが特徴のような建物なのだ。いったい誰が、構造設計の粋を集めた物件だなどと気づくだろう。だが、この違法だらけの建築物は、違法だからこそ存在しているという、まさに逆説的な建物なのである。そして、この「逆説」こそが、今後の都市建築の大きな課題となることはまちがいない。
構造事務所の現場へ
「実をいうと、築44年の木造アパートを、外壁はそのままにして、構造的な改修をほどこしたんです。ほとんど倒壊寸前の状態でしたから」 株式会社空間システム研究所の代表取締役、笹敦氏(一級建築士・42歳)は愉快そうに語り始めた。 笹氏の設計事務所は、東京・西新宿のオフィスビル4階にある。今年で設立34年目。当初、構造設計事務所として出発し、現在は構造と意匠の両方を手がける。正社員8人の組織事務所だ。 姉歯事件でその存在が認知されるようになった建築構造設計事務所だが、その実体は一般的にほとんど知られていない。そこで、今回、設計の現場に足を踏み入れ、仕事ぶりを伺うことにした。 オフィスは、デスクの上にパソコンが据えられ、周囲には図面や書類が山積みされている。設計事務所に特有の製図板はどこにも見られない。今や、あらゆる設計作業はパソコンで行われているため、ドラフター(製図板の商品名)は、テレビドラマの小道具でしかないのだ。
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