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教員コラム:いま気になっていること(西村 吉雄 MAJESTy客員教授)

「ものづくりへの回帰」では答えにならない。工学部学生の過剰供給と若者の雇用について語る。

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 MAJESTyの教員に就く少し前,国立大学が法人化した2004年4月から,国立大学法人東京工業大学の監事をつとめ,2009年6月末に退任しました。「監事」という役職は会社で言えば監査役にあたります。公益法人などの法人組織には必ず存在する役職です。学校法人早稲田大学にも,もちろん監事がいます。ただし国立大学には法人化後に初めて出来ました。学長以下の大学執行部や教職員の業務を監査して意見を言う,これが主たる任務です。監事はその大学の教員になることはできません。教員を監査する役目の者が監査対象の業務をすると,利益相反になってしまいます。

 監事になって,学生でもなく教員でもない立場から大学を考えるようになりました。出張などの際には,近くの大学キャンパスを訪れるように努めています。キャンパスがきれいに整っていて学生が楽しそうにしている大学,こういう大学は経営的にもうまくいっている,これが私の経験則です。キャンパスがきれいで学生が楽しそうにしていたら,特に親が安心して子供をその大学に託する気になるでしょう。これは大学経営にとって決定的です。きれいに片付いていることは,工場の生産性にも大きな意味を持つと経営書は説いています。

 余談になりますが,オフィスが雑然としていて見苦しいこと,新聞社・雑誌社と中央官庁はよく似ています。仕事のなかみが似ているということなのでしょうか。

 

 大学に関する本も,だいぶ読みあさりました。その過程で知ったことの一つに,1990年を過ぎたころからの大学進学率上昇があります。これは世界的です。特に西ヨーロッパで著しいようです。といいますのは,かつては西ヨーロッパは大学進学率が,米国や日本に比べると低かったからです。それが1990年ごろから急上昇し,現在は日本とそう違わないレベルになっています。

 1990年前後には世界史的な出来事が相次ぎます。共産圏の崩壊は私のような年代の者には,とりわけ印象的でした。ほぼ同時期に中国とインドが資本主義経済に本格的に参加してきます。20億人を超える低賃金労働者が一気に出現したと言えるでしょう。

 そこに情報通信技術の普及・発達が加わります。ヒト・モノ・カネにどこからでもアクセスできるようになりました。いわゆるグローバル化です。

 結果として高賃金の国・地域では単純労働需要が激減しました。どこの国・地域からでも20億人を超える低賃金労働者にアクセスできるようになったためです。この現象は西欧で著しかったように見えます。地続きで文化的にも共通性のある東欧に大量の低賃金労働者が出現したためではないでしょうか。

 時期を合わせて西側先進諸地域で進学率が上昇します。労働現場という行き場を失った若者たちが大学に向かったのです。単純労働から知的活動へ,職種の需給ミスマッチ解消のため。かっこをつければそうも言えます。しかし内実は,大学が失業対策事業となったということでしょう。

 日本ではこれに,バブル崩壊と18歳人口の減少が加わります。4年生大学への進学率は50%を超えました。短大や専門学校などを加えると,20歳前後の若者の80%近くが学校にいます。異常ではないでしょうか。8割もの若者が勉強好きのはずがないと私は思います。良い仕事があればかれらは職に就くでしょう。日本の産業界はかれらを必要としていないのです。あるいは,かれらにふさわしい職を提供できないのです。日本に若年労働力不足なんか,ありません。大学は,親の金と税金による失業対策事業です。

 

 私は老人ホームに住んで10年近くになります。私自身は主に週末を過ごしていますが,妻はほとんど老人ホームにいます。そこでは労働力不足が深刻です。若者は大いに求められています。意欲のある若者もいるようです。けれども待遇が悪すぎます。将来に希望を持って長く勤めるだけの給料は出ません。若者はじきにいなくなります。一方,若者は学校にあふれています。

 どうなっているのでしょうか。そしてどうなるのでしょうか。とびきり優秀なわけではない,でもまじめでやる気はある,つまり普通の大多数の若者です。かれらが希望を持って働けるような職場,これを日本はどこに求めるのでしょうか。私には簡単には見つかりません。もちろんイノベーションが答えと言えば答えです。しかし「ものづくりへの回帰」では答えになりません。製造業雇用は比率では40年来,絶対数でも20年来,減少の一途です。工学部学生は過剰供給されています。

 データに基づいて問題を意識し続けること,いま私にできることはその程度です。

 

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