0909_ieda

美を追求するセレブ主婦 骨粗鬆症との戦い

 優雅な一日をおくるセレブ主婦。突然のアクシデントに生活が一変する。原因となったのはコツソショウショウ。いったいどんな病気なのだろうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 美を追求するセレブ主婦 骨粗鬆症との戦い
Share on Facebook
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip

優雅な一日に突然のアクシデント

 お気に入りのジャケットを羽織り、昨日買ったばかりのヒールの高いブーツを履いて街へ繰り出した。ショーウィンドウに映る自分の姿をチェックする。

うん、今日もバッチリ決まってる!

 私は港区在住の専業主婦。趣味は買い物とヨーロッパ旅行。20代の頃はファッション誌のモデルをしていた。街を歩いていると、今でもよく若い男に声をかけられる。今年で50歳になるが、日ごろの努力のおかげで昔と変わらぬプロポーションを保っている。娘も大学生になって一人暮らしを始めた今、家事は家政婦さんに任せて、平日の昼間にオシャレをして街に出るのが私の日課だ。いわゆるセレブかもしれないけど、安っぽくてその呼ばれ方は好きじゃない。

 今日も、いつものように優雅な一日になるはずだった・・・が、思いがけないアクシデントに見舞われてしまった。
歩いている時、急に何かに足を取られ倒れ込んでしまったのだ。見ると、ハイヒールのかかとがマンホールの小さな穴にはまっていて、足首がおかしな方向に曲がっている。その異常な光景に唖然とする間もなく、すさまじい痛みが私を襲った。

 

コツソショウショウ?

「足首、骨折していますね。」

 私の足を診断した医者は、そうあっさりと言た。さらに追い打ちをかけるように言葉を続ける。

「骨密度を測ってみましたが、明らかに骨粗鬆症ですね。骨折もそれが原因でしょう。」

コツソショウショウ?名前は聞いたことがあるけど・・・といぶかしがる私に、医者は淡々と説明する。

<骨の代謝と骨粗鬆症>
 骨の密度は、古くなった骨を溶かす破骨細胞と新しい骨を作る骨芽細胞の作用によって保たれている。その代謝バランスが崩れて、骨の強度が弱くなるのが骨粗鬆症。
原因としては、
① 偏食によって骨の主成分であるカルシウムなどの摂取量が少ない
② 加齢による骨芽細胞の働きの低下
③ 女性の閉経による、骨の形成に関わる女性ホルモン(エストロゲン)の分泌低下④ 運動不足による骨形成への刺激低下
などが挙げられる。

認めたくないけど、すべて心覚えがあるような気がする。

「どうすれば、治るんですか?」私は尋ねた。

「とりあえず、骨の吸収を抑えるお薬を処方しておきます。それから、食事もしっかりバランス良く取ってください。」

「食事をしっかり取るって・・・私、ダイエットしてるんですけど」

  医者が、呆れたように肩をすくめ、ゆっくりと話し始める。どうやら、まだ骨粗鬆症の画期的な治療法はなく、薬の投与や食事療法によって地道に治してゆくしかないらしい。カルシウムの多い乳製品や、大豆製品を積極的に摂らなければいけない。太ってしまそうだ・・・。
 おまけに、「骨の代謝に影響があるからタバコ・酒・コーヒーも摂取を控えるように」ですって?!すべて私の大好物じゃないの!それに骨折している間はハイヒールを履いて買い物にも行けないし、ごはんをしっかり食べていたらそれこそ太ってしまうじゃない。

「今しっかり治療しておかないと、大変なことになりますよ。骨折が原因で寝たきりになって、痴呆症になってしまった患者さんもいるんですから。」

 ここまで言われては何も言いかえせない。私は、とぼとぼと帰宅するしかなかった。

 

新しい治療法の可能性?

 外出を控え、朝は家でくつろぎながら新聞を読む習慣がついた頃、朝刊にこんな見出しを見つけた。

『食欲抑える分子に骨量調節の働きも』。

 骨粗鬆症と診断されて以来、「骨量」という言葉に敏感に反応するようになっている。この見出しにも思わず飛びついた。記事によると、なにやら、「ニューロメジンU」という物質に、骨量を増やす働きがあることが見つかったとか。そして、最後の一文がこうである。

『食欲が増して体重が増えることなく、骨だけ増やす治療法の開発に結びつく可能性があるとみている。』

 まあ!!これ、素晴らしい発見なんじゃない!?スリムな体をキープしながら骨粗鬆症の治療ができるっていうこと?私は早速、病院へ向かった。

「先生、この記事を見てくださいよ!この治療、私も受けたいです!」

「早とちりしないでください。この研究はですねぇ・・・」

鼻息を荒くする私に先生が説明する。

<ニューロメジンUによる骨形成の制御機構>
ニューロメジンU(NMU)という物質は、食欲やエネルギー消費を調整する作用を持つ神経ペプチド。この物質に骨形成を調整する作用があるのではないか、と新しい研究が進められていた。
これまでに、レプチンという食欲を控える作用をもつホルモンが、視床下部を通って骨の形成を抑制するということが明らかになっていた。
今回の研究では、
① NMUはレプチンとは独立した働きを持ち、骨形成を抑制している
② NMUが欠乏すると骨芽細胞が増殖し、骨量が増える
ということがわかった。

 つまり、NMUが骨形成に関わっており、NMUとレプチンそれぞれが骨芽細胞増殖に関与している経路が判明したことになる。レプチンによる食欲増進を引き起こさず、骨量を増加させることが可能になるかもしれないということだ。

 だが、この研究成果ですべてが明らかになったわけではない。この2つの物質以外にも骨形成にはまだ様々な影響が考えられる。この成果が、すぐに新しい骨粗鬆症の治療薬の開発につながるわけではない、というのが医者の話だった。

 ようするに今の段階では、私の骨粗鬆症は、食事療法と薬の投与で根気よく治していくしかないらしい。残念・・・。

 私みたいにならないように、娘にはバランスの良い食事を取るように言わなくちゃ。よく考えると、娘と一緒に暮らしていた時も外食ばかりで、食事の栄養バランスなんか全く考えていなかったな・・・。

 ちょっとしんみりした気分になった私は、病院を出ると、すぐ娘に電話をかけた。

 でもやっぱり、食欲増進しなくても骨形成が促進される治療法は、いつまでも健康と美を保ち続けたい女性にはもってこいよね。

「はやく、ニューロメジンUのおくすりができますように」

私は思わずそうつぶやいて、その言葉のおかしな響きにちょっと笑った。

 

j-logo-small.gif

※ 本原稿中の、主婦、医者は架空の人物です。また、取り上げた新聞の記事、発表された論文については実際のものを参考にさせていただきました。

 

参考文献:
“Central control of bone remodeling by neuromedin U” 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科整形外科学 竹田秀特任准教授、四宮謙一教授 他 Nature Medicine 13巻(2007) 1234 – 1240; 2007年9月16日オンライン出版
“食欲抑える分子に骨量調節の働きも”
asahi.com 9月16日
外部リンク:
RICH BONE
財団法人骨粗鬆症財団
e治験ドットコム ホームページ