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【スポーツのみかた・第1回】言葉が生む攻防(リー・トンプソン)

 普段、私たちは競技場やテレビ中継、ニュース、新聞報道などを通してスポーツを知る。そこに見るのは、試合や競技とその解説、時に選手のヒューマンストーリーなどである。しかし、スポーツを学問として捉えた場合、そこには社会学や倫理学、経営学、人類学、栄養学、医学など、普段、あまり触れることがない専門領域や研究分野が広がっている。
 このコラムは、メディアが流すスポーツ報道ではない、各分野の専門的なスポーツ学の観点から、本学スポーツ科学学術院の先生方に新たな「スポーツのみかた」を学ぶものである。

 第1回目は、昨年9月からドイツに留学しているスポーツ社会学のリー・トンプソン教授。

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言葉が生む攻防

 現在、私は特別研究期間を取得し、ドイツのケルンにあるドイツ・スポーツ大学に拠点を置いています。言うまでもなく、ドイツで一番人気のスポーツはサッカーです。私はアメリカで育ちましたが、青少年時代の60年代にはサッカーはほとんど人気がありませんでした。体育の授業に少しサッカーボールに触れたはずですが、記憶にありません。ですからサッカーに関する関心と理解は低いです。

 そういう私が、ドイツのサッカーに少し触れて色々考えさせられています。それはファンの目線とは違いますが、ファンの目はどうしても色眼鏡がかかっていますので、距離を置いた方がよく見えることもあります。

 

 例えば「ゴール」のことをドイツ語で「Tor」と言います。ところで「Tor」にはもう一つの意味があります。中世ヨーロッパの都市は壁に囲まれていましたが、「Tor」とはその壁にある門のことです。いうまでもなく壁は敵の侵入を防ぐためにあります。門(「Tor」)は、平和時の市民の出入りの場ですが、敵が攻めてきたときに閉めます。壁は高くて分厚いですので、敵はそれを超えるよりも、門を攻めようとします。門を破ることができれば町を攻略できます。逆に門を守ることは町を守ることです。

 日本語の「ゴール」は英語の「Goal」からきます。英語で、サッカーや他の球技における得点の場を「Goal」といいます。いうまでもなく「Goal」の元々の意味は、目標や目的です。「Goal」とは目指すもの、向かっていくものです。

 同じルールの下で同じ競技場を使っても、こうした言葉の違いによってそのスポーツに対する構えが多少変わってくるのではないかと、勝手に考えを膨らませています。

 

 「Tor(市門)」とは、何が何でも守らなければならないもの、侵入を止めなければならないものです。「Tor」が破られたら終わり、敵の思うがままにやられることになります。この捉え方は保守的で消極的な考え、あるいは排他的な思想とつながっているように思えます。「Goal」を目指すとは逆に積極的で攻撃的な考え、侵略的な思想につながっているような気がします。

 得点の場のことを「守るべきもの」としてみるか「目標」としてみるかによって、同じスポーツ、いや同じ試合でも、かなり見方が違ってくるのではないでしょうか。その違いは選手自身のプレー、観客の応援、そして試合についての報道にも現れるかもしれません。

 

 残りの滞在期間も楽しみです。

 

 

 

写真解説】試合後、本拠地のラインエネルギー・スタディオンのゴール前で、サポーターの声援に応えるFC Kölnの選手達