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黒島の牛にたかる蠅の謎

 「黒島の牛の目には、蠅がやたらとたかっているな」 アンガマや獅子舞など、八重山の伝統的な旧盆行事も終わり、ようやく各島が落ち着きを取り戻した八月の後半。八重山諸島の黒島を訪れ、放牧されている牛を眺めていたとき、ふとそんなことに気がついた。

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 周囲12km、最高標高13mの小さく平坦な黒島は、国内最大級のサンゴ礁域の石西礁湖に浮かんでおり、美しい海と人より牛が多いことで知られるのどかな島だ。基幹産業は肉用牛の畜産で、人口200人ほどの土地に牛は3000頭近くもいて、島全体がひとつの牧場であるような印象を受ける。

 3000頭の牛が日がな一日原っぱの草を食んでいる島。黒島を彩る風景はどこまでも牧歌的だが、牛を一頭一頭よく観察すると、穏やかでないことに大量の蠅が牛の目にたかっている。それも石垣島や西表島の牛と比べものにならないほど数が多い。何故だろうか。疑問に感じたとき、昔、友人から聞かされたモンゴルの話を思い出した。

 

モンゴルと黒島の共通点

 旅行でモンゴルの大草原で寝泊まりをしていたその友人は、ある日、目に激しい痛みを感じ、医者に診せると、蠅が目に卵を産みつけたためだと診断された。幸い蠅の卵はピンセットで簡単に除去できたらしいのだが、何とも恐ろしい話。

 この話を聞いたときはモンゴルならではの特殊な事例と思ったのだが、黒島の牛の目にたかる蠅をみて―実際、蠅が原因か定かでないが目が腐っている牛も少なくない―動物の目に蠅がたかる原因となるモンゴルと黒島のある共通点に気がついた。

 乾燥。蠅が動物の目にたまる水分を求めなくてはならないほどに、モンゴルも黒島も土地が乾いているのだ。黒島は、今でこそ3000頭の牛を養えるだけの水が西表島から海底送水されているが、元々、水資源が乏しく表土も薄いため、農業中心の暮らしだった島の先人たちは長年、苦しい生活を強いられてきた。

 現在では島の生活を一見しただけでは水に不足しているようには感じられない黒島が、実は今も昔も変わらず乾いており、3000頭の牛は、西表島から送られてくる豊かな水そのものであることをこの島の蠅は示している。

 多くの川が流れる水の豊富な石垣島や西表島の牛にはあまり蠅がたからない。本来の黒島の風景ではない、3000頭の牛がつくる潤った風景。そこに群がる蠅は、また、島の豊かさの表れでもある。

 

島の豊かさと蠅

 2008年8月末に争われる竹富町長選挙の候補者3人はみな一様に波照間島への西表島からの海底送水の実現を公約に掲げている。もし実現すれば波照間島でも牛に蠅が群がる光景が広がることになるのだろうか、と想像してみた。

 牛の目にたかる蠅は当の牛にとっても畜産農家や観光客にとっても鬱陶しく迷惑なだけに違いない。が、蠅の増加と共に豊かになって島民の笑顔が島にあふれるならば、それも悪くないと思った。八重山の蠅は島のひとびとも気づいていない豊かさの、ひとつのしるしかもしれない。

(了)