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「自分の目で見たい」ということ

ジャーナリスト・野中章弘さん

アフガニスタン内戦、東ティモール独立戦争、イラク戦争、エチオピアの飢餓をはじめ、野中章弘さんは過酷な地で様々な取材をしてきた。時には戦地にまで足を運ぶ彼を突き動かすものは何か。【6月23日】

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野中章弘(のなか あきひろ)   1953年生まれ。関西大学卒業後、フリーのフォトジャーナリストとして活動を開始。1987年にフリーランスジャーナリストのネットワーク「アジアプレスインターナショナル」を設立し、代表を務める。

――ジャーナリストを目指したきっかけは何でしたか。

  1974年僕がまだ大学3年生だった頃、鵜戸口哲尚という東南アジア評論家がタイとインドネシアに行く際に「一緒に来るか」と声をかけてくれて。これがきっかけでこの年の5月に初めてタイとインドネシアへ行った。当時タイは学生革命のさなかで、タイの学生たちは命をかけて軍事政権に対し立ち上がっていた。学生達が「自分たちが国をつくるんだ」という意識を持って先頭に立ったんだ。この学生達の姿を見たとき、僕はすごく心を動かされた。こういう場所で生きていきたい。そう思った。ワクワクするような、臨場感わくような場所にいたい。そしてそんな風に生きていける仕事は何だろうと考えたとき、ジャーナリストだ、と僕は思った。 

――臨場感のある場所で、自分の目で物事を見たい、という気持ちが強いんですね。

  それは今でも変わってないと思う。自分の目で見たいという気持ちが強いから、戦場にも向かうことが出来る。

――怖いという気持ちはないのですか?

  いや、怖くないと言ってしまうとやっぱり語弊がある。僕はどちらかといえば、臆病な人間だから。1980年僕がタイで朝日新聞の特派員の横堀克己さんという方の助手として働いていたとき、国境でタイ軍とベトナム軍の衝突があった。それで僕はバイクに乗って一人で現場へ向かっていたんだけど、当たり前だけどその時村人は皆避難していて、国境地帯にはもう誰もいないんだ。そして近づくほどに、ドンドン、と攻撃の音が聞こえてくる。これを聞いたとき、僕はバイクを止めて本気で戻ろうかどうしようか迷った。

――どうしましたか。

  横堀さんは僕が写真を撮ってくるのを期待しているのに、「危なくて撮れませんでした」なんて帰って言ったとして、でも国境線では全世界のカメラマンが写真を撮っているわけでしょう? 彼らの写真を横堀さんが見たら「帰ってきたのはあなただけじゃないか」と言われるんじゃないかって思って、またバイクを進めて。そうしてなんとか最前線まで行って写真を撮った。そのとき背中を強く押してくれたのは、単なる見栄と意地みたいなものだったんじゃないか、と思う。 

――今でもそういうものに背中を押されることはありますか。

  今は、少し違うかもしれない。長く取材をしていると、取材対象の怒りや悲しみが自分の心にもどんどんたまっていくから。生きたいと思いながら亡くなっていく人たちを見ているうちに、そういう人たちの声を伝えるということが段々と重みを持ってきた。自分は単なる観察者ではない、それでは許されないという思い、それが僕のジャーナリストとしての誇りだ。 

――野中さんは早稲田大学で持っているゼミで「皆が生きていて良かったなぁ、と思えるような活動がここで出来たら」とおっしゃっていて、それがとても印象的だったのですが、野中さん自身が「生きていて良かったなぁ」と思う瞬間というのはどういう時ですか?

  自分がありたい自分であることに、忠実に生きている人に出会うとき。例えば目の前で人が殺されている不条理なことがある時、それに対して黙っていたら自分が自分ではなくなってしまうような感覚がある。そして立ち上がる。タイの学生たちはそんな風にして最前線に立った。僕は21の時、彼らの姿を見て大きく心を動かされた。それと今でも全く同じように、自分が人間として納得できるような生き方をしている人に出会うとき、本当に生きていて良かったと思う。もちろん人によって思う人間らしさは違うから、ジャーナリストであることだけが生き方だとは思っていないけど、そういう人と出会うときはジャーナリストであって良かった、と心から思う瞬間でもある。

取材を終えて
  「自分がありたい自分に忠実に生きる」これを何よりも大事に考える野中さんと話をして、私はとても元気が出た。私は23歳の大学院生として進路や将来の事を日々迷い、考えている。そのなかで、自分の興味範囲だけに執着するのは、現実味がないのだろうか、あまりに子供なのだろうかと思うことも多い。そんな私の迷いに、野中さんの言葉は一つのシンプルな答えとして響いた。
※この記事は、2010年度J-Schoolの授業「ニューズルームE」において作成しました。