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一見怖いけど……。人情味あふれる香港料理店、太公望

東京メトロ東西線の早稲田駅近くの路地裏に、「香港料理 太公望」という店がある。周囲にたくさんある中華料理店と、「太公望」は一見どこも違わない。しかしこの店は、マスターがとっても怖い。最初は驚くが、なぜか次第に、マスターの人柄にひかれるようになる。通い詰める人も、少なくない。

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  ドアを開けると、「いらっしゃいませ」の声もなくいきなり「何人?」と、つっけんどんに聞かれた。「太公望」のマスター、荘維成(ジョンワイシン)さん、40代の香港人。来日20年を超え,最初は新宿で、17年前から早稲田で店を開いて来た。

  空いている席に座ろうとして、「そこに座るのはダメ!」との大声に驚いた。むっとしたが、彼の指示に従い、別の席に腰を下ろす。隣で騒いで盛り上がっているグループは、先生らしき人と学生数人。先生は、早稲田大学政治研究科ジャーナリズムコースを担当する写真家の会田法行さん(36)だ。この店に通い始めて3年目になる。

  「週1回授業の後で、みんなとここで飲み会をやっているの。いつも、無愛想そうなマスターと冗談を話しながら、世間話をするのはもう習慣で、楽しみにもなっている。授業が休みの時、マスターに会えなくて、すごくさびしい時もあった」と笑いながら話す。

  店内を見回すと、台所の道具も、壁の北京ダックなどのポスターもとても雑然としている。発音が少し変な日本語でお客と大声で話すマスターの笑い声が響く。

  ずいぶん待ってようやく料理ができ上がると、マスターが皿を投げるようにテーブルに置いた。なぜ態度が乱暴で、料理の待ち時間が長い店に、お客がこんなに多いのだろう。

  韓国からの友達を連れてきた早大第二文学部5年、横内隆裕さん(23)に尋ねてみた。「最初は、いつもけんかを売ってるようなマスターがすごく怖かったけれど、マスターの昔の恋愛話などを聞いて、マスターが実は何でも話してくれて、自分も何でも話せるすごく優しい人だと分かり、自分の家のようになってしまった」という。今では店の手伝いもするようになった。初めて日本に来た韓国・光州の姜大勋さん(22)も、「ここはにぎやかで、人情が感じられる」と話す。

  料理の最後に、マスターが自分で漬けた中国特有のピーナッツや、魚を団子にしたミンチのおやつを無料で出してくれた。誰が聞いたわけでもないのに、楽しそうに作り方を説明した。最初の怖い印象がだんだん変わってきた。

  なぜそんなに怖そうなんですかと、マスターに尋ねてみた。答えは、「自分は、仕事の時はプライベートと違い、厳しい人だ。特に、疲れたとき」。人気の理由も聞くと、「香港料理ではない麻婆豆腐を注文されても作らないなど、香港料理へのこだわりがある。干し豆腐などのメニューに自信がある。そして、お客さんを本当の友達のように思い、何でも正直に言うからだと思う」と話した。

  確かに、「マスターが僕にとってもう一人の先生だ。仕事への姿勢や人との接し方も」と話す学生もいる。早稲田大学政治研究科ジャーナリズムコース2年、宮武祐希さん(24)は「客だからと言って遠慮することなく、自分の許せないことはビシッと発言する姿は、ぼくに決定的に欠けているものだ」という。

  早稲田で店を開いたきっかけは、「このあたりは経営環境が良かった(もうかった)から」。しかし、最近は早稲田大学の休みの期間が長く、店の経営に響いているため、「近いうちに早稲田をやめ、別のところで開店するかもしれない」と話す。この店が無くなるのではと考えると、最後はなぜか寂しくなってきた。

 

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※この記事は、10年度J-Schoolの授業「ニューズルームD(朝日新聞提携講座)」(林美子講師)において作成しました。