地域で子どもを育てるには/神奈川県二宮町

 子どもを育てることは、親にとって人生最大のイベントだ。社会の変化とともに、子どもを育てる環境も大きく変わっている。そのなかで親は、地域は、どのように子育てに取り組んでいるのだろうか。神奈川県湘南地域の西に位置する二宮町…

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 子どもを育てることは、親にとって人生最大のイベントだ。社会の変化とともに、子どもを育てる環境も大きく変わっている。そのなかで親は、地域は、どのように子育てに取り組んでいるのだろうか。神奈川県湘南地域の西に位置する二宮町で聞いてみた。

 「先生、おはよう」。元気よく飛び込んでくるハル君は3歳、二宮町が運営する「子育てサロン」の常連だ。子育てサロンは8年ほど前、商店街の空き店舗を利用して二宮町がつくった子育てスペースである。平日の朝9時から夕方4時半まで、幼稚園に上がる前の親子連れを、一人の保育士が迎える。40年以上保育の現場で子どもたちを見てきた保育士の野田タカエさんは、今日も子どもたちを待ちながら、「いちごウサギ」のアップリケを作っていた。「子どもが描いた絵があまりに可愛かったから、作ってプレゼントしようと思ってね」。そこに、お母さんとやってきた女の子が寄ってくる。「先生、私にも作って、作って」


 子育てサロンには、たくさんのおもちゃや絵本がある。使わなくなった年長の子どもたちが置いていったものもある。子どもたちはお気に入りのおもちゃを棚から出して、無心に遊ぶ。お母さんは他のお母さんとおしゃべりを楽しみながら、子どもたちの様子を見守っている。「ここに連れてきた日は、子どもがよくお昼寝をするんです」「家と違って危険なものがないから、親も安心して遊ばせられる」


 しかし、ここに通ってくる理由は、安心して遊ばせられるスペースだからというだけではない。お母さんの一人は「近所に年齢の近いお子さんがいないの。公園に行っても私たち親子で貸し切り状態」と言う。家の中でも二人きり、公園に行っても二人きりなのだ。


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 二宮町の人口は平成11年(1999年)をピークに減少し始め、2年前の平成18年には3万人を下回った。最近の統計によると、65歳以上の比率が23.4%であるのに対して、14歳までの年少人口の比率は12.9%、典型的な少子高齢化の町である。平成18年に生まれた子どもの数は200人に満たない。このような現実の中で、子どもの友だちを探すお母さんの声は切実だ。ハル君のお母さんは言う。「子どもは3歳になって、近所のお兄ちゃんたちと一緒に家の前の道路で遊ぶことができるようになりました。今はお兄ちゃんたちが幼稚園や学校から帰ってくるのを心待ちにしています。3歳になるまでは親子二人だけの時間が長く、子育てサロンにきて過ごす時間が必要でした」


 二宮町は小さな町である。町で生まれる赤ちゃんは1ヶ月に20人足らず。このぐらいの人数なら町役場でフォローできる。母子手帳を渡した日から、定期的に行われる赤ちゃんの検診の時まで、保健師、栄養士、歯科衛生士、臨床心理士といった専門家が、赤ちゃんとお母さんを見守っている。町で働く栄養士の永井裕美子さんは言う。「歯科衛生士が口の中に問題があると判断したお子さんがいます。それは単に歯の問題ではなく、家の環境に問題があったり、栄養に問題があったりすることがあるのです。そういう場合は、連絡を受けて保健師なり栄養士がフォローします」


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 子育てを応援しているのは町役場だけではない。二宮町には託児をする「かんがるー」というボランティア・グループがある。町が講座を主催するときに、保健師とともに子どもを預かるお母さんたちのグループだ。代表の清水三重子さんは「参加しているのは40代から70代までの子育ての終わった人たちです。ボランティアには保育士の資格はいりませんが、お預かりするお子さんに何かあったらと躊躇される方が多く、参加者が年々減っています。でも私は年間20日くらいやっています。子どもはかわいいですからね」と笑う。


 二宮町では子育てサロン以外にも、母親向けに「子育て講座」や「育児相談」、子供のためには「親子で手遊び・歌遊び」など、さまざまな催しものを開いている。しかしその一方で、催しものに参加したあるお母さんは「子育てサロンは少し大きくなった子どもには狭いんです。子供がはしゃぐと小さいお子さんに怪我をさせてしまいそうで。だから車で、他の自治体の行っている広い子育てスペースに連れて行きます」と話す。また車の運転をしない別のお母さんは「催しものがあっても会場まで遠いと参加できません。子育てサロンなどの子育てスペースは、アクセスを考えると近所の人しか利用できないんです。私は自転車を利用しているので、雨の日は行くことができません」。参加できない理由はほかにもある。「子どもはすぐに体調が変化するので、月に1回のイベントだと、体調を崩したらもう翌月までありません。お昼寝の時間も子どもによって違うから、たとえ毎週あっても時間が決まっていると、参加できない子どももいるのです」


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 町は情報を発信しているが、お母さんたちのニーズと少し違っている。一方、お母さんたちが発している声は町になかなか届かない。「言いたいことがあっても、どこにどうやって言ったらいいかわからない」「公園で改善してほしいなと思うことがある。先輩ママに話をしたら、その人もそう思っていたと言っていたけど、結局そのままです」。町の中の問題が解決への糸口が見つからず放置されている。小さい子が乗る遊具の持ち手が取れているとお母さんが話していた公園に行ってみた。2台ある鳥の遊具のうち、1台の持ち手が両側とも取れたままだ。公園に管理者の連絡先が書かれた掲示板でもあれば、携帯電話を持っているお母さんはその場で連絡することもできる。


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 そんなお母さんたちの声を持って町役場に向かう。駅前とはいえ、急な坂を登って役場につくと、汗がどっと吹き出る。「子育て支援係」の担当者は外出中で会えなかったが、同じ課の若い職員に伝えた。「子育てサロンではアンケートもやっていて、お母さんの意見を聞いています。何かあれば、電話していただければ係につなぎます」


 ネットを使えば何にでもつながることが出来るように思える現代。しかし、毎日の暮らしの中には、つながらないで散らばったままのことがたくさんある。子育て中のお母さん、それを支えたいと思う二宮町の職員、そして地域のボランティアの人々。これら人々がもっとつながれば、安心して子どもを育てられる町になるのではないだろうか。電話、メール、ネット、つながる道具はたくさんある。これらは小さな子供を抱えて身動きの取れないお母さんにとって、強い味方のはずだ。町のホームページに市民からの声を書き込むことができれば、鳥の遊具はすぐに子供たちの人気者に復活できるのではないだろうか。


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○外部リンク:二宮町まちづくりボランティア連合会


※この記事は、08年前期のJ-School講義「ニューズルームE」において、刀祢館正明先生の指導のもとに作成しました。