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骨髄移植のカギはカエルが握っているはずだ

―加藤研究室 研究紹介―

 ある日、「あなたは『白血病』に侵されています」と診断されたらどう思うだろうか?「カンニングの中島さんや本田美奈子さんみたいな運命をたどるかもしれない」という思いが脳裏をかすめるかもしれない。
 医療の発達した今日でも、血液のガン、白血病はときに容赦なく若い命を奪い去ってしまう。骨髄移植は画期的な白血病の治療法ではあるが、成功率 100%とはいえない。
 まだまだ発展途上の骨髄移植。「カギはカエルが握っているはず」と昼夜を問わず、研究に打ち込む早稲田大学教育学部・理学科生物学専修 加藤尚志(かとう・たかし)教授にお話を伺った。

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 血液っていったいどうやって造っているの? 

白血病は血液の細胞を造るシステムが暴走してしまう病気である。赤血球や白血球・血小板という血液の細胞は私たちの体を作る全細胞のおよそ3分の1を占める。血液の病が命を脅かすのもうなずける。ではいったい、血液の細胞を造るシステムとはどうなっているのだろうか?

 実は、すべての血液の細胞は「造血幹細胞(ぞうけつかんさいぼう)」と呼ばれる一種類の細胞から造り分けられる。あるタンパク質が「赤血球が足りないから作りなさい」という指令を肝細胞に出したとしよう。すると、指令を受けた幹細胞は赤血球になる。血小板を作る指令を受ければ別ルートをたどってやがて血小板になる。このようにして、血液の細胞はたった一種類の造血の幹細胞から日々造られている。(図1)

  加藤教授が得意とするのは、幹細胞から血液の細胞を造りわける複雑なしくみをひもといていく研究。血小板を作る指令を出すトロンボポイエチンというタンパク質のアミノ酸の並び順を正確に突き止めたのが加藤教授らのグループ。この成果は世界から羨望のまなざしで注目を浴びた。

図1:造血幹細胞の細胞分裂の仕組み(クリックすると拡大します)

 

骨髄移植ってどういう治療?

 白血病の治療として知られる骨髄移植は、2段階に分かれる。まずは血液の細胞を造血の幹細胞を除いて全て壊してしまう。放射線を全身に放射することで、暴走してしまった血液をめぐるシステム全体をリセットできる。次に、正常な造血の幹細胞をドナーからもらって入れる。正常な幹細胞はたった1個入れば良い。すると、造血の幹細胞はすばらしいことに、血液の正常なシステムをゼロから作り直してくれる。このため、骨髄移植を受けた人は血液型もドナーの血液型に変わってしまう。

 では、この治療法が100%成功しないのはなぜだろうか?造血の幹細胞に出す指令を思い通りに制御するにはまだまだ未知の領域があるからであり、それはまさに、加藤教授が得意とする領域である。しかも、加藤教授はヒトではなく、カエルにその解があるはずだと言う。

図2:加藤教授が研究対象とするアフリカツメガエル(Xenopus laevis)


カエルがカギを握るってどういうこと?

 加藤教授は造血の謎を解くカギは生物の進化を考えてみると見えてくるはずだと考えた。現在、造血に関する研究はマウスやヒトで盛んに行なわれている。しかし、進化の前段階の研究はほとんどされていない。  加藤教授がサカナではなく、カエルに注目する理由はその絶妙な進化の程度にある。研究に最適な血球の「機能」と「場所」を併せ持つからである。(図3)

図3: ヒト・カエル・サカナの血球をつくる「場所」と血球が担う「機能」の比較
(クリックすると拡大します)

 

 進化の過程をたどりながら血液の細胞の「機能」に注目してみよう。ヒトの赤血球は酸素を運ぶ働きをする。血小板はケガをしたときに血を止める働きをする。進化の過程をずっと過去にさかのぼっていくと、カエルでも赤血球と血小板の機能は人間と同じように分かれている。しかし、魚は、出血を血小板でも赤血球でも止められる。血液の細胞が担う機能の面から考えると「ヒトとカエルは似ているが、サカナは異なる」ということになる。

 次に、血液の細胞を造る「場所」に注目してみよう。ヒトの造血の幹細胞は骨髄にあり、赤血球も血小板も全て骨髄の中で作られる。しかし、カエルは違う。赤血球は肝臓、血小板は脾臓と細胞の種類ごとに違う場所が分担している。  ヒトの赤血球を造る指令にどんな物質が大切なのか、骨髄をすりつぶして調べるとしよう。するとAという物質がどうも重要らしいとわかった。しかし、このAという物質は本当に赤血球を造るための物質だろうか?もしかしたら血小板を造るための物質かもしれない。なぜなら、ヒトの血液の細胞は骨髄という一つの場所で造られているから。では、カエルで実験したらどうなるだろう?肝臓をすりつぶして実験すれば、それは血小板には関係ない。サカナで実験したら、どうだろうか?サカナでは赤血球と血小板の機能が重なっているので、ヒトに当てはめて考えるときに、赤血球に当てはまるのか、血小板に当てはまるのかがわからない。

 こう考えると、「血液の『機能』も、血液の細胞を造る『場所』も独立している」というカエルは実験をするのにとても都合の良い生物だということがわかる。今までヒトやマウスでは探りきれていない造血の仕組みが、カエルなら明らかにできるのではないか。加藤研究室のメンバーはカエルが握るカギを探り当てるため一丸となって研究を進めている。


大発見のチャンスは君にもある!

 加藤教授は「科学に携わっている以上、どこかに必ずディスカバリーのチャンスはある。ノーベル賞を狙うような発見研究のチャンスは誰にでもあるはず。」と言う。大発見を狙える人材になるよう学生を指導するという。そのためには世界中の研究者が常識とおもっているところを攻めるのではなく、世界中のだれも注目してないところに投資する勇気が要る。加藤教授が「カエルの研究をする」と言ったとき、この分野の研究の常識を覆す発想に「気が狂ったのか?」とまで言った研究者仲間もいた。

 学生の指導も同様である。「遺伝子とかなんとかね、かっこいいことばっかり言ってないで、『古い論文も読みなさい』って学生に言ってるんです。」と加藤教授。50年前の人たちが何から造血の研究を始めたのかを知ることは大発見のヒントになるからだそう。

 ノーベル賞級の大発見に挑戦してみたいみなさん、加藤研究室の門をたたいてみては如何だろうか?「おおお、よく来たねー!」肩をたたきながら加藤教授が、研究室の先輩がにこやかに迎え入れてくれるだろう。そこは、早稲田の研究室の一室であり、世界の研究フィールドへの入り口でもある。

 

加藤 尚志(かとう・たかし)

早稲田大学教育・総合科学学術院 教授

1976年 早稲田大学教育学部理学科生物学専修卒業

1982年 早稲田大学理工学研究科物理学及応用物理学専攻(理学修士)

1982年~2002年 キリンビール株式会社医薬探索研究所(バイオ医薬の基礎・ 開発研究を担当)

1997年 博士号取得(早稲田大学)

2002年より現職

 

○外部リンク:早稲田大学 分子生理学研究室‐加藤尚志研究室

 

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※この記事は、07年のMAJESTy講義「科学技術コミュニケーション実習1A」において、横山広美先生の指導のもとに作成しました。