店主の松﨑さん

中華鍋を振り続けて半世紀 こだわりの新たな味を模索

 東京都新宿区の地下鉄神楽坂駅から歩いて2分ほど。人通りの多い繁華街から路地裏に入ったところに中華麺店「龍朋」がある。店主の松﨑隆明さん(68)は1978年の開店から38年にわたり、ラーメンやチャーハンなどを提供している。こだわりは魚介と豚骨をベースにしたラーメンスープや中華だし。いまも日々新しい味を模索し続けており、スープ作りは「まだまだ完成の途上」と言う。

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 昼どきになると、15坪ほどの店には近くの会社員らが1時間で100人近く訪れる。約30ある席はいつもほぼいっぱい。「りゅうほう麺、ひとつ」「チャーハンお願い」松﨑さんは慣れた手つきで大きな中華鍋を振り、次々と入る注文をさばいていく。30ほどあるメニューは600~1070円。たっぷりの野菜をのせたりゅうほう麺と昔ながらのチャーハン、回鍋肉の3品が特に人気だという。

 松崎さんは合掌造りで有名な富山県の五箇山地域で育った。地元の高校を卒業後は「手に職をつけたい」と66年に上京。中華料理店とラーメン店で計10年にわたって修行し、1975年に東京・板橋で中華料理店「龍朋」を開いた。たが、客足が伸びず、2年後の77年に閉店。「自分の店を持てたことに満足しちゃって、気持ちがダメになった」と言う。再起を期して翌年、神楽坂にいまの店の前身にあたる中華料理店「龍朋」を開き、その後は順調に売り上げを伸ばしてきた。

 中華麺店と名乗るようになったのは89年から。100品と豊富なメニューを売りにしていたが、仕込みの量が多くて負担が重過ぎるため、ラーメン中心に切り替えた。直後の2年間は客足が減り赤字に。「手放したギョーザ焼き器や春巻きの麺棒などを取り戻し、人気メニューだったギョーザや春巻きを復活させたい」という誘惑に駆られた。それでも、味がよければ必ず客足は戻ると信じ、スープや料理の改良を続けたという。

 いまもアイデアが生まれると仕込みの合間に試作し、トマトたまご麺や生姜(しょうが)ラーメンなど周囲が驚くメニューを生み出している。「田舎生まれで、東京では無我夢中でこつこつがんばることを覚えた。失敗したことがないやつはダメだよ」と笑う。

 いまではリピーターが9割を超える。幼いころに親や祖父母に連れられてきて、30年以上も通い続けてくれている常連客も多い。20年ぶりに店を訪れ「変わらず残っていることに驚いた」と喜ぶ客もいる。常連の料理研究家に「手ごろでおいしい料理を提供し続けている」と評価され、「神楽坂の良心」と言われたこともある。

 2020年に東京オリンピックが開かれるまでは、いまの店を続けるつもりだ。「その後は弟子に譲り、別の小さな店を開いて中華料理店の時に人気だったギョーザや春巻きをまた作りたい」。料理人としてのキャリアは50年。「終生中華料理人であり続ける」と決意している。

 

 

 この記事は2016年春学期「ニューズライティング入門(朝日新聞提携講座)」(林 恒樹講師)において作成しました。

 

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